地球の反対側で考える(パラグアイから発信)

「パラグアイに行こう」の作者が地球の反対側で考えた事を綴ります。また訪日した感想も綴ります。

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スペインというのは中南米に住んでいますと非常に身近に感じる国です。中南米の多くの国は元スペイン領であり、自国の歴史の中で一番輝かしく誇り高い出来事は多くの場合スペインからの独立です。またラテンアメリカの多くの国では国語がスペイン語であり多くの文化もスペイン風で、すぐ隣にある国のような気になります。実際には中南米からは遠く離れた欧州の国家であり、確かに一面では文化は共有していますが当然異なった側面も多く在ります。また歩んだ道のり要するに歴史も全く異なりますし現在置かれている立場も異なります。南米人としてスペインから独立した国でスペイン語で生活する以上は.スペインを訪問し見聞して来る事は必要だと考えますし、日本でも歴史の中で南蛮国として戦国時代にスペインがポルトガルと共に登場し歴史に大きな影響を与え、江戸時代の鎖国政策に関しても元はこの両国がもたらしたカトリックの布教に端を発している訳で日本人としてもスペインを体験する事は有意義であると思います。

イベリア半島は元はローマ帝国の一部であり、現在も色々な形でセゴビアの水道橋のように遺跡としてローマ時代の痕跡が残っています。ローマ帝国はゲルマン民族の侵入を受けて衰退しイベリア半島もゴート人の国家となり西ゴートの一部となります。西ゴートが現在のフランスの地を追われてイベリア半島の国家となり首都をトレドに移し繁栄しましたが、7世紀ごろにイスラムの侵入を受けて半島は北部の一部にカトリックの王国が残りましたがほとんどがイスラム化しました。イスラムの帝国は繁栄し10世紀には首都のコルドバは当時世界最大の都市であったと言われています。その後キリスト教徒の反撃が起き、長い戦いの末に勝利します。当時のイベリア半島の大勢力であったカスティーリャ王国とアラゴン王国の女王と国王が結婚する形でカスティーリャ王国・アラゴン王国連合王国という形になり、これが所謂スペイン王国の始まりでイスラムのグラナダ王国を滅ぼして半島からイスラム勢力を一掃し、同じ頃コロンブスがアメリカ大陸に到着し一気に世界帝国にのし上がり、16世紀中頃から17世紀前半までの約80年間はスペインが繁栄した時期であり、スペイン史上「黄金の世紀(Siglo de Oro)」と呼ばれています。イスラム勢力に対する勝利、連合王国の成立、米大陸への到達がほぼ同時に起き、世界帝国になったという訳です。

その後は衰退に向かい冴えない時代となりフランスの属国のような状態が続きこのような停滞した状況は何とフランコ独裁時代の1970年代まで続きます。スペインの側から見ますとスペインという国家が衰退し、中南米の独立が起きた事が分かります、スペインが衰退し中南米をコントロール出来なくなったのが実情なのでしょう。フランコはファシスト主義で第二次世界大戦の前哨戦と呼ばれたスペイン内戦ではドイツ等の支援を受けて勝利しました。しかしながら第二次世界大戦では中立を維持して戦後も生き残り自身が死去する1975年まで独裁的な政策を維持し経済は回復しましたが国家としては暗く沈滞していました。日本がもし第二次世界大戦を回避して戦前の国体のままあの時代を乗り切ったとしたらどのような状況になったのか知る一つの手掛かりになるようにも思います。その後フランコは王国に戻すと宣言し前の王様の孫を自身の後継者として手塩にかけて教育を行い自分の政治を続けるよう意図していました。フランコの宣言により死後直ぐに王政復古となりましたが王様はフランコの意図とは異なる方針、立憲君主制に移行する事を明確にしてスペインは近代国家として一気に発展を遂げるに至っています。

イスラムの時代が終わって一気にスペイン帝国が世界帝国となり、しかしながら国内の実態は依然としてカスティーリャ王国・アラゴン王国連合王国であった訳です。暗黒の時代から開花し80年間の栄光の時代の後長い長い停滞の時代があったという訳です。要因としては内在する問題、外憂もあったでしょうが、最大の問題は成功体験に80年間浸った事かも知れません。栄光の時代が本来ある姿でありこの不遇の時代は解消され、また栄光の時代が来ると思い過ぎたのではないかと想像します。江戸時代から明治維新で開花し一度は敗戦という挫折を味わいながらもラッキーな面もあり戦後60年間も栄光の時代が続いた日本は一つ間違え、今までの成功パターンにしがみつき、不況で暗い世相は一時的なものであるという考えにこだわり過ぎ新しいチャレンジを行わないでいますとスペインのように長い停滞の時代に入ってしまう恐れがあると心配してしまいます。

またカタルーニャに行き改めてスペインは今でもモザイク国家であると再認識しました。北はメキシコから南はアルゼンチンまであまねくスペイン語が行き届いているラテンアメリカですが、イベリア半島ではスペイン語はカスティリャーノ要するにカスティーリャ語であり、他にもカタルーニャ語を始め多くの言語が併存している、またスペイン人と言っても古くはゴート人のようにゲルマン族が侵入し南部にはイスラムの時代に多くの人がアフリカ大陸からムーア人等が入っています、多分北と南そして東と西では見掛けも相当違うでしょう。中南米には南部のアンダルシアの人が多く移住して来たと言われていますが、長い間イスラム化されていた地域であり、キリスト教の国家になったと言われても馴染めなかった人が多く居て新天地を目指したのでしょう。またバスク人のように全く別系統の言語を話す民族も大きな地域に広がっています。歴史も波瀾万丈ですが現在も色々な問題を内在している事が想像出来ます。現在、カタルーニャ語、バレンシア語、バスク語、アラン語、ポルトガル語と非常に似ているガリシア語が地方公用語になっているほか、アストゥリアス語とアラゴン語もその該当地域の固有言語として認められているという事でスペインの言語は非常に多様になっています。ただしカスティーリャ語が世界公用語となり、中南米を中心に2億人以上話されているという事でカスティーリャ語が公用語として今後も力を増して行く事は間違いないでしょう。

欧州統合、国際化という方向と自主自治という流れの両方が併存している現実の中、金融危機の影響をまともに受けて失業・雇用の問題が深刻化している現実があります。EU加入以降高い経済成長率を達成し、国民の支持を受けて国家運営は比較的順調でしたが、今後不満が高まるとバスクやカタルーニャの自治拡大そして独立運動が高まり社会不安が顕在化して行く可能性もあるかも知れません。世界の先進地域とされている西ヨーロッパの中でも大きな存在だけに今後のスペインがどのような方向に進んで行くのか注目です。
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