地球の反対側で考える(パラグアイから発信)

「パラグアイに行こう」の作者が地球の反対側で考えた事を綴ります。また訪日した感想も綴ります。

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何かのセミナーとか研修等に参加しますと必ず出て来る言葉が「意識改革」です。「意識改革を行って仕事の効率を上げよう」などと言われます。会社のような小さな限られたコミュニティーの中でさせ意識改革を行う事は難しくまして政治の世界で国民を相手に行う事は更に難しいと思われます。時には外からの圧力や戦争、占領などを経て意識改革が起きる事もあります。日本は戦後民主平和に路線変更しそれまでの軍事国家を止め武器を捨て外国を占領する事よりも物を作り売る事に頭を切り替える事に成功し経済大国を築きましたがこのような意識改革はは米国を始めとする連合国との戦争の敗北の結果に起きたと言えるでしょう。韓国は現在は産業国として世界に冠たるものがあり人権を尊重する自由で民主的な国家になっていますが、長い李氏朝鮮の時代には考えられなかった改革を進め国民の意識が変わったのは日韓併合があったからでしょう。日韓併合に関しては功罪ありますが韓国民の意識改革の原点になっているのではないかと思います。

日本で戦前の軍国主義の時代の前に戦国時代にも戦いによって他国を占領し領土を広げる事が常識であった時代があります。戦国の世が終り秀吉が国内を統一し、まず行ったのが刀狩りと身分の固定です。農民が武器を手に戦いに参加する事が無いよう兵農分離を進めました。それでも天下泰平とは行かず関ヶ原の合戦から徳川に政権が移りました。徳川の幕府が出来た当時の世相はその後の安定した江戸中後期とは全く異なる殺伐としてもので多くの浪人が居て治安も相当悪かったたと想像します。江戸時代が我々が知るような強力な幕府の下で天下泰平の世の中になるのは元禄時代辺りでしょう。この時代になりお取りつぶしになる大名も減り安定した時代になった訳です。ここから幕末までの約200年近く大きな事件も無く江戸は世界最大の都市で警察組織も非常に小さなものであったにも関わらず大きな事件も起きず泰平の時代が続きます。これは元禄の時代に国民の意識改革を強力に実行したからだと思っています。当時の将軍は綱吉、「生類憐みの令」なる法令を公布し、動物などの殺生を禁止しました。お犬様に暴力も振れない状況となり当時の国民には不人気であったと思いますがこれにより殺傷事件が減り平和な時代を実現したものと思います。その過程で起きた「忠臣蔵」要するに播州赤穂浅野家の家臣による討ち入りに対して世論が同情的であったにも関わらず綱吉が断固たる処置を講じたのは当然であり、殿中で刃傷騒ぎを起こした浅野長恒には相当立腹し即日切腹という判断は当然であったと思います。とにかく徹底的に国民の意識改革を断行した綱吉は平時に国民の意識を変えたという点ではすごい人物、為政者であると思います。

日本は戦後の成功体験からまだ脱却をする事が出来ずこれからの時代の方向を持たないまま彷徨っているように見えます。政治家はこのような状況の中で国民に国の進方向性を示し綱吉のように強硬な手段を用いてでも国民に不人気でも意識改革を行う政策を実施する必要があるのでしょうが、民主主義の欠点として選挙権がある国民不人気の政策を強行する事は出来ないという制約の中では実現は難しいと思います。民主国家の中で政治の力で平時に国民を意識改革させるのは実際には無理なのかも知れませんね。日本人が意識改革をし、再び強力に前に進むようになるには民主国家であることか平時である事のいずれかの条件が崩れる時まで待つ必要があるのかと考え込んでしまいます。




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