地球の反対側で考える(パラグアイから発信)

「パラグアイに行こう」の作者が地球の反対側で考えた事を綴ります。また訪日した感想も綴ります。

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日本の国旗は日章旗です。これは日本の常識であり、世界の常識でもあります。現在の世界は国家が基本でそれぞれの人は国家に属して生きています。外国で生活されている方は皆さん同じであると思いますが、国旗に敬意を表するのは常識で国際慣例として最も普及している事ではないでしょうか。自国の国旗は勿論、外国の国旗が掲揚され国歌が流れますと誰もが脱帽して直立します。日常の生活で学校で色々なイベントでしっかりと子供たちにも教えているのでしょう。日本では公務員の方が学校の教師をしている方の中で国旗に敬意を払う事を拒否している方がいるという事に驚いています。人に会った時に挨拶をする事は自身の信条に合わない、学校生活の中で時間を守らなくても問題ないという信条を持つ先生も認められるのでしょうか。国旗は国旗です、日本そして日本人の象徴が日章旗です。外国で誰かが日章旗を燃やすような行為をすれば不快ですし、国として抗議をするのは当然の事であると思います。将来子供たちが外国で恥をかかないようにする為にも国旗に敬意を払う事は大切であると教えるべきでしょう。

以前朝鮮に朝鮮戦争後初めてニューヨークフィルが訪問し平壌で公演を行いました。これは是非見たいと映像を探し見る事が出来ました。当然の事ですが朝鮮と米国の国旗が掲げられ、両国国旗に対して敬意を払い高らかに両国国歌が演奏されました、多くの朝鮮高官は敵として教えられた星条旗に向かい敬意を払いながら、世界的な交響楽団が奏でる米国国歌を聞くとは思ってもいなかった事でしょう、それでも当たり前の事ですが全員前を向き直立して敬意を払っていました。もしその中の一名でも敵の旗で自分の信条に合わないから座って横を向くという行動を取ったらどのような事になるのか想像するだけでぞっとします。好き嫌いは誰にでもあるでしょう、しかしながら国旗には敬意を払うという国際常識を教えない事は公務員として教師として行ってはならない事のように思います。世界一異常で世界の常識が通じないと考えられている朝鮮でさえも初めて見た敵国の国旗、国歌に敬意を払う姿勢を参考にしていただきたいと思います。またそれほどまでに日章旗を嫌うのであれば国民投票で国旗を選択するのも良いかも知れませんね、個人的には日本の象徴の旗として長く使用されていた旭日旗なども候補に加えても良いのではないかと思います。これであれば拒否をする教師に同情的なとある新聞社の賛同も得られるでしょう。




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地球は温暖化の傾向にあり、人類が力を合わせて温暖化を阻止しなれければならない、というのが世間一般の常識であったように思います。微妙な地球環境の中、人類は化石エネルギーを大量に消費して人為的に地球を温暖化している、直ぐに対策を講じ、地球規模で二酸化炭素の排出を防がなければならないというような話であったように思います。地球は熱地獄と化し、極地の氷は溶け出し、海面が上昇し、アマゾン等は砂漠化するというような事でした。ある程度は心配するような事態が発生し、南太平洋の島国では浸水騒ぎが起き、国が水没する危機に瀕していると盛んに取り上げられていました。地球は人間のせいで温暖化に向かっているというのが一般的な見方でグラフを見る限りその通りであると思います。

最近地球が寒冷化に向かっているのではないかという主張が目立つようになって来ました。こちらは人間の活動とは関係は無く宇宙と太陽の活動の為なのだそうです。論旨は太陽の黒点が減ると地球は寒冷化するというのです。黒点と寒冷化の因果関係は次のようなものです。黒点というのは太陽の活動が活発な時の地場の通り道で、黒点が多いという事は太陽の磁力が強く太陽系のバリアーがよく機能しているのだそうです。我々の宇宙、銀河系内では超新星の爆発等で宇宙線と呼ばれる放射線、主に陽子が飛び交っているのですが、太陽の磁力で出来るバリアーが太陽系への侵入を防いでいるというのです。黒点が少ない、すなわち磁力が減るとバリアーが弱くなりより多くの宇宙線が太陽系に入り、地球にもより多く降り注ぐのだそうです。宇宙線は大気に入ると待機中の分子と衝突し帯電させ、分子同士をくっつける働きがあり、このようにして出来たものが核となり、雲が発生するのだそうです。今まで考えられていた水蒸気では無く宇宙線が雲を作るそうです。

要するに黒点が少なくなると結果的に雲が出来やすくなり、雲が多くなると地上に到達する太陽光の総量が減少し結果的に寒冷化に向かうのだそうです。黒点が多い時期と少ない時期は近年では11年周期で定期的に繰り返されていたようですが、最近はこのパターンが崩れて黒点が少ない状況が続く恐れがあるというのです。17世紀頃は寒冷期でロンドンのテムズ川がしばしば氷結したのだそうで、そのような寒冷な時代が来るかも知れないと言うのです。この説は説得力があり、真実かもしれないと思ってしまいます。毎年の気温に注目ですね。






新たに朝鮮の指導者となった金正恩氏の母親は高英姫という方で元々は在日の方で大阪生まれなのだそうです。金総書記からは「あゆみ」という名前で呼ばれていたという説もあります。まだ健在であるという説もありますが、一般的には癌を発症し2004年にフランスで亡くなられたそうです。数年前に金正恩氏が次の指導者の候補となった際に日本では多くのジャーナリストが在日の母親の日本時代について調べ鶴橋に住んでいた元プロレスラー高太文氏(リングネーム:大同山又道、通名:高山洲弘)の娘の高春幸(1950年6月16日生まれ)であると報道し、それに準ずる本まで出版されています。なんでも和田アキ子さんの実家の道場が近くにあり、父親の出身地も同じ島なので柔道家同士という事もあり、小さい時には和田さんがこの娘の面倒を見ていたと報道されています。

もう一つ説があり、在日帰国者であるコ・ギョンテク氏の娘、高英子であるの説です。それによりますと1952年6月26日生まれで1962年、9歳の時に朝鮮に渡った事になります。朝鮮画報に朝鮮で暮らす一家の写真があり、こちらが本物であると主張されている方が多く居ます。ウィキペディアを見ますと日本は高太文説、韓国はコ・ギョンテク説を取っています。ただ柔道家からプロレスラーになった高太文氏の写真を見ますと体格風貌などは何となく金正恩氏に似ている気がしますが如何でしょうか。

いずれにしても高英姫さんは大阪の生まれ、父親は済州島の出身である事は間違いないようです。幾ら在日の方が多く暮らしているとはいえ大阪に10歳近くまで住んでいたという事は故郷は大阪で、日本的であった事は間違い無いと思います。金正日総書記が日本人の専属料理人を置き、拉致という相当強硬な手段を用いてでも日本人の若い女性を連れて来たのも高英姫を慰める為であったのかも知れません。高英姫さんは懐かしい日本に息子達(正哲氏、正恩氏)を連れて何回か訪問されたようです。正恩氏は母と共に数回日本を訪問し、小さい時に日本の教育を受けた母親に育てられている訳で日本に関しては親近感を持っているのではないかと推測します。韓国の李明博大統領も大阪の生まれ、南北の指導者共に大阪に強い縁があるようですね。

さて、金日成主席、金正日総書記の場合にはその母親達は偶像化され国母という感じで崇拝されて来ました。金正日総書記に愛され、指導者母に当たる高英姫さんも多分近い将来、偶像化する事になるのでしょう、その際には在日出身で舞踊家、一説にはあの「喜び組」であったという経歴は余りふさわしくないと考えているようで、関西大学の李英和教授の話としてデイリーNKの伝える事によりますと隠蔽される事になるのだそうです。正恩氏の正統性の根拠となる「白頭の血統」には相容れないと考えているのかも知れません、どのような扱いになるのか注目ですね。





韓国・朝鮮




明治維新の後、日本は非常に短期間で欧米列強と肩を並べる強国になりますが、その当時国家を支えていたのは江戸時代に教育を受けていたごく普通の人達です。明治維新の時点では既に大人になっていた彼らが日本を押し上げた事になります。欧米で教育を受けていない日本、それも田舎の山口県、佐賀県、鹿児島県などで育った人達が中心です。一般的に考えて、近代国家とそれ以前の封建的な国家との違いは何かと言いますと国民の為に政府が働く、自由に意見が言えて優秀な人物が登用される事にあるように思います。戦国時代は多分君主が領民を守りはしたでしょうが、それは自身の利益の為で民百姓の為に命を掛けた訳ではないと思います。

戦国大名としては人気が高い真田でも徳川が攻めて来た時には上田の城下町に火を放つという策を用いています。当時、権力の前には人は無力に近い存在であったと想像します。明治維新の戊辰戦争で不思議なのは関ヶ原と登場するメンバーが似ていて、東軍が徳川、西軍が毛利、島津なのですが、主人公は殿様ではなく下級武士達で例えば江戸開城は幕臣の勝海舟と島津の下級武士である西郷隆盛の間で取り決められていて、決定権がそれ程高い身分では無い人が握っている事には驚きます。少し遡り江戸後期、時代劇で取り上げられる文化文政時代、江戸で町人が殺されるような事件があると町奉行所、要するに役人となっている武士が必死に事件を解決します。強盗が商人を襲う場合も同様です。既に支配者層である武士達は国民を守るという文明国家、国民国家を実現したという訳です。江戸時代の初期にはまだ戦国同様の殺伐とした前近代的な社会であったでしょうが、明治維新の時には高いレベルの文明国家になっている、江戸時代の間に少しづつ変化したのかそれとも意図的に変革が行われたのか疑問に思っていました。

ある番組で江戸初期に起きた島原の乱を取り上げていました、これが契機で日本は文明国家になっていったと言うのです。日本人の気質の大転換を行ったのが綱吉だというのです。綱吉は武士に対しては武家諸法度を改定して武士は武では無く文を尊ぶように変更し、教養と管理能力を身に着けるよう変革、庶民には生類憐みの令を発布して人を殺すな、傷付けるな、刃傷沙汰はご法度、弱者は救済し果ては犬猫のような動物まで尊重するよう求めました。日本人の気質の大改革を実行したという訳です。これにより穏やかな太平の世となり、教育が庶民レベルまで普及し高度な文明国家を成し遂げ、豊かな元禄時代を実現したという訳です。当時起きた大事件である「松の廊下刃傷事件」においても仇討を実行した赤穂浪士を全員切腹させましたが、綱吉から見ますと「馬鹿どもめ、まだ分からないのか」と相当お怒りの事であったと想像します。事件を起こした浪士そしての事件を英雄視する庶民には失望したと想像します。遺言で生類憐れみの令を継続するよう求めていましたが、まだ日本人の気質変更がまだまだ不十分と考えていたのでしょう。綱吉が日本人を変え日本の近代化への素地を作ったのは確かであると思います、日本の歴史上の人物で一番尊敬する人、好きな人はというような質問には「徳川綱吉と答えるようになりました。


地球の反対側で考える(2011)




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