地球の反対側で考える(パラグアイから発信)

「パラグアイに行こう」の作者が地球の反対側で考えた事を綴ります。また訪日した感想も綴ります。

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韓国・朝鮮は日本の隣国、顔をみただけではほとんど区別がつかないし、習慣などはかなり似ている点もあります。日本に住んでいるいた頃、そう高校生時代に、日本ではこの隣国の情報が余りに少ない事に気が付き、疑問に感じると共に関心を抱くようになりました。それ以来この隣国に関して注目し、日本に居る時には出版された書籍が出ると必ずといって良いほど購入するようになり、今では200冊近くになっています。(パラグアイ日系人では多分一番多い事でしょう)歴史書籍、戦争(朝鮮戦争)、生活体験記、旅行記、料理の本と内容は様々ですが、色々な側面からこの国を見ておりますと、なかなか面白いものです。最近では趣味の覧に「韓国・朝鮮」と書くほどの凝り様です。そう南米が本業とすれば韓国・朝鮮が副業と言った感じしょうか。実はその昔はむしろ中国に関心があり、中国に憧れを抱いておりましたが、中国関係の歴史などの本等を読んでいますと段々と中間に位置するこの半島に関心が移って来ました。歴史・文化・料理、何を取っても面白いものです。

また現在は不幸な事に現在でも南北に分かれており、冷戦終結後の現在に至るまで分断国家になり、対峙しているというのも関心を誘います。南北それぞれの主張は未だに平行線のまま、双方とも究極の国家の目標として「南北統一」を掲げていますが、現実にはなかなか難しい問題が多いように思います。一度戦火を交えた双方の不信感はなかなか拭い切れないでしょう。停戦はしていますが、あくまで停戦で戦いは現在も続行中なのです。最近では北の不審船とか拉致などが日本のマスコミで取り上げられるようになっていますが、朝鮮・韓国ウォッチングを続けている者にとっては何を今更と思っています。また色々な朝鮮訪問紀が出ていますが、中には日本の常識から抜け切らずに「アレー」と思う事もしばしばです。最近もとある週刊誌で少女が「飼っている犬を食べた」と書き、北の食料事情がここまで悪化しているという書き方をしていましたが、朝鮮では「犬はご馳走で食用」、日本で豚を飼っているのと全く同じ感覚だと思うのです。

当地に来た当時は、南米に来て韓国は遠く離れたと思っていましたが、実際には同じ街の住人として韓国人と接する機会が多くなり、また好んで韓式料理を食べ、韓国食品店に足を運ぶので接点は増えるばかりです。一番強く感じたのは日本で接触していた韓国の方達は在日韓国人、2・3世の人が中心でアイデンティティーは韓国なのでしょうが、日本の文化・習慣にかなり深く入り、実際には韓国系日本人?という感じになっていると思います。当地の2・3世が日系パラグアイ人となり、考え方、仕草などが日本に住んでいる人と異なるとよく似ています。それに対して当地で出会う韓国人は当たり前ですが韓国の韓国人、ごく普通の人達です。在日の方々は常に日本と韓国、その両国を意識して生活をされていると思いますが、当地の韓国の人達は普段の生活の中では特に日本人を意識する事無く韓国で生活をされて来ている訳ですから違うのは当然ですね。正直に感じるのは日本人と違うがやはりよく似ているという事でしょう。これでは外国人から見ると区別がつかないでしょうね。1世はまだ仕草・服装などである程度は判りますが、2・3世になり、スペイン語で話をしていると全く区別が付きません。日本でも日韓新時代と言います、この魅力溢れる隣国をもっと知る必要があるように思います。双方で何か思い込みみたいなものが先行して、実態と懸け離れた韓国像、日本像になってしまっているように思うのです


韓国・朝鮮



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小さい時に世界地図を眺めていて南米大陸とアフリカ大陸が形が似ていると思って見ていました。世界地図の一番右にある南米と左にあるアフリカ、意識の中では遠く離れていると思っていました。小学校に入り地球儀を買ってもらい、それまでの地図だけの世界観が大きく変わりました。グリーンランドの大きさはそれ程でもなく、南極大陸は帯状に広がっているわけでも無い事が理解出来ました。それまで見ていた地図は主にメルかトール図法と呼ばれるもので、世界を四角に表示しており、以前は航海などに利用されていたという事で見易いという利点はありますが、実際とはかなりかけ離れてしまっています。また日本で見る地図は当然のことながら日本を中心に描いていますので、一番右に南米大陸がそして一番左にアフリカ大陸が位置します。地図からはこの両大陸の距離は分かりません。地球儀をしっかりと眺めるようになりますと南米大陸とアフリカ大陸は近い事が分かって来ます。半分よりは少々大きい程度で緯度も似ており、形も何となく似ています。両者は似ていると勝手に想像していました。

実際に南米に居てアフリカを意識しますと「遠い」という印象があります。確かに距離から言いますと一番近い南米東北部とセネガル辺りであれば飛行機を使えば3~4時間程度の距離でしょう。ただ両者に経済的な必要性が余り無いので実際にはほとんど直行する便は無く、南米からは欧米、アフリカからは欧州に向かう便が大半です。実際に南米-アフリカ間で飛んでいるのはリオ-ルアンダ便などごく僅かでそれも少ないと思います。南米とアフリカは経済的には北半球の先進国からは同じような役割を担っているわけで補完関係は無く、経済交流もほとんど無いのが実際なのでしょう。ブラジルからアンゴラには直行便があり、経済的なつながりもある程度あるように聞きますが、これは両国が同じポルトガル語であり、ブラジルが経済的に大きな国になっており、アンゴラに対しては先進国的な役割を果たせるようになったからでしょうが、これはあくまで例外的なものであると思います。

南米から見ますとアフリカ大陸というのは余り関係が無い、遠い世界であると見てしまいます。欧米とは経済的にも文化的にも繋がりが強く関係は密であり、行き来も多い、近年は日本、中国、韓国を中心にアジア特に東アジア地域との繋がりも強くなっています。インド人も特に北部南米で多く居住しており、近い存在であると意識します。勿論南米にもアフリカ系の人達が多く居住します、大航海時代に労働力としてあたかも物資のように強制的に連れて来られた人達の子孫で当初は奴隷として扱われていました。アフリカからの移住者というよりは南米からの先住民であるインディオと同じような感じで見られているように感じます。ただパラグアイ、アルゼンチンなど南部南米ではアフリカ系の人は多くはありません。

アフリカに住んでいた人に「南米とアフリカは似ているのか?」と尋ねますと「似ている面もあるが、違う面も多い」という歯切れの悪い答えが返って来ます。南米もアフリカも広大であり、地域による差異は日本で想像する以上に大きいと思いますが、両者の違いも大きいのでしょう。地図を見ますとアフリカには50の国があります。これに対して南米は12です。アフリカ大陸と一口に言いましてもサハラ以北は地中海世界であり、緯度も日本くらいで、アルジェなどは東京よりも北に位置しています。住民も欧州人に近い人達です。サハラ以南がいわゆるブラック・アフリカで外からイメージするアフリカです。住民は黒人が多く、貧困で病気も多い地域です。南米は欧米人と先住民が基本となっています。アフリカには内戦が多く、飢餓があり、難民も多数居ます。これに対して南米はゲリラの活動がある程度で目立った内戦は無く、飢餓の問題もほとんどありません。

アジア、アフリカ、南米をAAAと称し発展途上地域としてひとまとめにされますが、南米は主に外からの移住者で社会が構成されており、かなり異なると思っています。アフリカとの交流が深まり両者が一体となり欧米に意見が出来るようになれば強力な勢力となると思いますが、実際にはしばらくは遠い世界として留まるものと想像します。南米から見て一番遠いのがアフリカという現状はしばらく動かない事でしょう。
日本の食材で一番食べるのが「納豆」です。今まで知らなかったのですが「納豆の日」というのがあり、「なっとう」から「7月10日」なのだそうで、丁度当方の誕生日にあたります。納豆の原料は大豆ですが、当地にはあり余る程の大豆があり、納豆は造る人が居れば簡単に手に入る食材です。この納豆のルーツは中国雲南地方なのでそうですが、現在では日本を代表する食材と言えると思います。よく日本のテレビで外国人に日本食材の中で苦手そうなものを食べさせる企画がありますが、梅干などと共によく登場します、食べ慣れないと難しい食べ物なのでしょう。最近大阪の番組で「納豆を毎日食べるとやせる」という紹介があり、全国的に納豆が品薄になる事件がありました。この放送の内容自体は嘘であったようですが、確かに納豆は良い食品であると思います。たんぱく質を肉では無く豆から摂ると良いと言いますが、納豆は最適な食品であると思います。普通の豆ですと調理しなければ食べられませんが、納豆であれば出してかき混ぜて醤油を少々入れれば直ぐに食べる事が出来ます。

知り合いの渡部さんが「田中さん納豆を毎朝食べると良いよ、僕はそれを始めてから調子がすごく良くなった」と言うのです。なるほど、でも買いに行くのが面倒だと答えると「いやいや30個くらいまとめて買えば配達してくれる」と言うのです。なるほどそれは良いと早速納豆を作っている方に電話し30個届けてもらいました。日本では大体100円前後、99円くらいと聞いていますが、当地では3千グアラニ、75円します。日本の物価と当地の物価から考えますと多少高い印象がありますが、多分1個の分量は倍以上あると思います。豆も日本は何となくひ弱な小さいものが好まれますが、当地では大粒の大豆が使用されています。冷凍庫から出して少し常温で置いていただきますが、歯ごたえがあるのでよく噛んでいただきます。勿論ねぎを刻んで入れます。当地ではねぎは非常に安く、一週間納豆に入れる程度の量であれば千グアラニ、25円程度です。毎朝納豆一個を椀に入れ、よくかき混ぜ、エンカルナシオンで作っている醤油を少々入れ、近郊の日系農家が作るねぎを加えていただきます、純粋にパラグアイ製ですが全てのものが当地日系で作っているものです。これを始めてから約1ヶ月経過しました。当方の朝食は「納豆」「野菜」「果物」で、以前納豆を食べていなかった時には直ぐに空腹になりましたが、最近は腹持ちも良く胃腸の調子も快調です。当地の日系レストランにもメニューの中に「納豆」があります。当地に来られましたら是非とも「納豆」を試して欲しいものですね。

さて当地では牛肉の食べ過ぎで肉から豆に切り替える人が多くなっています。大豆で作った「人造肉」なる奇怪な商品が並んでいます。我々から見ますと大豆は大豆らしく「納豆」「豆腐」としていただけば良いと思うのですが、食習慣の違いからなかなか難しいようです。友人で何でも食べる、韓国料理の「犬鍋」まで食べたという豪傑が居るので試しに勧めてみましたが、やはり納豆だけは難しいようです。見た目、臭い、べとべとしているので食べる気が起きないのでしょう。小さい時から食べているので何でも無いのですが、知らない人から見ますとよくあのような物を食べている・・と見られているのでしょう。肉の食べ過ぎで成人病の多いパラグアイですが、大量にある大豆の有効利用、食生活の改善には納豆が一番であると思うのですが、実際に普及するとなると難しいのでしょう。
現在の地球は哺乳類全盛の時代と言えると思います。今からおよそ6500万年前に隕石の衝突で大型恐竜が絶滅して以来の天下と言えます。大型恐竜全盛の時代には哺乳類は現在のリスかねずみのようなかんじで小さく息を潜めて生きていました。現在哺乳類は大型化して地球上を覆いつくしているように見えます。海のくじら、象、大型肉食獣など多種多様な動物が活動しています。一方の鳥類ですが、以前は鳥類は爬虫類から進化したものと考えられていましたが、現在は恐竜の生き残りであるというのが定説になっています。恐竜の中に鳥のような種類が居て、6500万年前に大型のものは死滅して鳥類の先祖は生き残ったのでしょう。これ以降哺乳類が多様化したのと同時に鳥類も小型化して多様化し、現在は地球上に様々な形状で生きています。

動物学者でも何でも無いのでよく分かりませんが鳥類の中で地上で生きているダチョウだけは別の系統ではないかと想像しています。実際に見ますと他の鳥とは違う「獣」の雰囲気があります。食べた事はありませんが聞いた話では肉は赤色で味は動物の肉に近いとの事です。よく両生類のかえる、爬虫類の鰐は鶏の味に近いと言われますが、ダチョウは別なので、既に恐竜時代には別系統として存在していたのではないかと想像してしまいます。いわゆる恐竜絶命の時代に現在の多くの鳥の祖先とダチョウの祖先の2系列が生き残ったのではないかと想像するのです。脳の大きさは鳥類は哺乳類と同程度の大きさを持っているそうです、勿論進化に違いがあり、哺乳類のような思考は出来ないとしても道具を使い虫を捕るものまで存在するのも事実です。

現在世界全体に多くの哺乳類が生息していますが、中大型のものは人類が家畜として利用している動物以外は個体数を減らし、絶滅の危機に瀕している種も多くあります。自然に生息している哺乳類の仲間が少なくなり消滅する可能性があるという事はその一員である人類にとってかなり危ない話ではないかと思います。では我々哺乳類の最大のライバルは誰かと言いますと鳥類ではないかと思ってしまいます。大型恐竜全盛の時代には哺乳類は小さくなって生き延びて来ましたが、哺乳類全盛の時代には恐竜は哺乳類に占領された地上を捨てて大空に活路を求め、種類を多様化する事で繁栄を誇っています。哺乳類が猿の系統の一種類だけ要するに我々人類だけが突出して数を増やしており、残りはほとんど居なくなっている現在、自分達がウイルスを仲介する事でこの種を滅ぼし、再度地球上のヘゲモニーを取り返そうと画策しているのではないのか、という妄想を抱いています。鳥インフルエンザで人類を駆逐して鳥類、すなわち恐竜類の天下を取り戻す・・そんな鳥類の思惑があるのではないかと疑うこの頃です。最近になり人類が「鳥類がすなわち恐竜類」である事に気が付いたのは偶然ではないのかも知れませんね。哺乳類全体をある程度コントロール出来る人類、家畜として他の種を自分勝手に利用するだけでは無く、哺乳類全体がバランス良く繁栄出来る環境を保つ責任があると思っています。
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