地球の反対側で考える(パラグアイから発信)

「パラグアイに行こう」の作者が地球の反対側で考えた事を綴ります。また訪日した感想も綴ります。

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失敗国家は破綻国家、崩壊国家とも言い、国家機能を喪失し、内戦や政治の腐敗などによって国民に適切な行政サービスを提供できない国家というのが定義なのだそうです。失敗国家のランキング付けというサイトがあり、その地図を見ますと40近く在る失敗国家は多くはアフリカと中央・西アジアにあります。西半球ではハイチただ一国となっています。行政サービスが出来なくなり、ガス、水道、電気などいわゆるインフラが整備されずに放置され、警察機能が不全となり治安も悪くなるというものです。要するに国家としての呈を為さない状態に陥るというものです。このような失敗国家が最近増えている傾向があります。20世紀前半までのように世界の潮流が帝国主義で自国の論理、権利が最優先という時代であればこのような失敗国家の増加も大した問題ではありませんが、近年では地球上で何か問題が発生すると国際社会が共同で解決するべきであるという傾向が強まっており、失敗国家の増加とその深刻化に対して国際社会がどのような対応をして行くのか、また失敗国家が増えないようにするにはどのような事をして行くべきなのか問われているように感じます。

当然の事ながら貧困層が多く産業が未発達な発展途上国の多くが失敗国家もしくはその予備軍となっています。アフリカ・西アジアに多く在るのは理解出来ます。注目して欲しいのは南北アメリカの中では失敗国家にランクされているのはハイチ一国のみという事です。南米に関しては日本ではネガティブな情報が多く治安が極度に悪く無法地域のような印象を持たれているように思いますが、国家として機能している程度は発展途上国の中では比較的上位に位置している事を示していると思います。このハイチはアメリカ地域では非常に特殊な国家で、アフリカの国のような特徴を持っています。住人はほとんどがアフリカ系の子孫で他の国のような欧州系や混血が少ないという特徴があります。公用語はフランス語ですが、独自のハイチ語なる言語があるそうです。インフラは劣悪で治安も悪く政情は不安定で警察力も不完全その上にハリケーンが数回襲い膨大な被害が出ていた所に首都を大地震が直撃し、現在は大混乱という状況です。ただ、ハイチに関して調べますと人口は激増しており、多くの国民が18歳以下であるという事です。もし本当に貧困であり飢餓に直面していて、内戦があって生きるのも難しいのであれば人口が減るはずですが、ここでは逆に増えています。外国からの援助があり、ある程度食が足りると人口というのは激増してしまうものなのかも知れません。教育があり、それなりの水準があると認められた国家それも非有色人国家でありますと多くの国では難民の受け入れを表明しますが、治安や社会の混乱を懸念してハイチのような場合の経済難民はほとんど受け入れる国は無く貧困者は耐乏生活を余儀無くされますが、衛生状態も悪く衣食住が絶対的に不足する中で到底教育までは手が回らず大人となっても社会に貢献出来る人材には成り得ないと考え受け入れないのでしょう。ソビエト崩壊の際にバルト三国からの難民に対して各国が受け入れを表明したのとは大きな違いがあります。現在多くの国がハイチに支援を行うと表明して続々ハイチ入りしています。面積も小さく場所もカリブの中で周囲に失敗国家が無い、この地域では特殊な国家とも言えますので可能なのでしょう。また米国から非常に近くこの距離であればマイアミまで簡単で行く事が出来、米国が大量の経済難民が自国に押し寄せるを懸念して先手を打って行動しているのでしょう。ハイチの場合には国連等も介入しており、ハリケーンや地震という自然災害で困窮しているので国際社会の協力も受け易く、ある程度、地震以前程度にまでは回復する事でしょうし、一応国家そして正統な政府が存在しているのである程度の時間が経過すればある程度落ち着く事でしょう。

問題は経済の二極化が国際的にも進行して行きますと国家間の貧富の差が広がり経済の悪化で政情が不安定になり、今後失敗国家が増えて行く可能性が大きいという事です。平和基金会は世界177の国家を「失敗国家」「警告」「普通」「安定」の4つに分類し、赤の失敗国家の多くはアフリカ、西アジアにあります。ソマリア、ジンバブエ、スーダンというような国家が上位3位を占めどこも事実上政府が存在していない劣悪な状況となっています。特に最近問題となっているのは堂々第一位にランクされているソマリアです。スエズ運河を通過した船舶が通る場所にあり、海賊行為が横行し安全が脅かされています。政府が存在しない状況ですので改善は期待出来ず国際社会は頭を痛めています。スーダン、ジンバブエ、チャドなど多くのアフリカ失敗国家では混乱がひどくなり経済難民が多く出ていますが、どこも解決の見通しは立っていません。国際社会はこれを放置していますと、更なる混乱が周辺国家にまで広がる事になり、失敗国家が増加してしまう事になるでしょう。資源があるなど関わりを持つと自国に有利に働く国家に対しては救いの手も伸びるでしょうが資源も産業も無いような国に対して国際社会がどのように対応するのか問われているように思います。ある程度状況が混乱し国家としての機能が不全となった国に対しては国際社会が主権を一時的に停止して対応するしかないのかも知れませんね。具体的には以前あったような「国連委任統治」としてしまうのも手かも知れませんが国際的な合意を取り付けるのはかなり難しい事でしょう。失敗国家をどのようにして行くのか待った無しの状況にあるように思います。
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スペインというのは中南米に住んでいますと非常に身近に感じる国です。中南米の多くの国は元スペイン領であり、自国の歴史の中で一番輝かしく誇り高い出来事は多くの場合スペインからの独立です。またラテンアメリカの多くの国では国語がスペイン語であり多くの文化もスペイン風で、すぐ隣にある国のような気になります。実際には中南米からは遠く離れた欧州の国家であり、確かに一面では文化は共有していますが当然異なった側面も多く在ります。また歩んだ道のり要するに歴史も全く異なりますし現在置かれている立場も異なります。南米人としてスペインから独立した国でスペイン語で生活する以上は.スペインを訪問し見聞して来る事は必要だと考えますし、日本でも歴史の中で南蛮国として戦国時代にスペインがポルトガルと共に登場し歴史に大きな影響を与え、江戸時代の鎖国政策に関しても元はこの両国がもたらしたカトリックの布教に端を発している訳で日本人としてもスペインを体験する事は有意義であると思います。

イベリア半島は元はローマ帝国の一部であり、現在も色々な形でセゴビアの水道橋のように遺跡としてローマ時代の痕跡が残っています。ローマ帝国はゲルマン民族の侵入を受けて衰退しイベリア半島もゴート人の国家となり西ゴートの一部となります。西ゴートが現在のフランスの地を追われてイベリア半島の国家となり首都をトレドに移し繁栄しましたが、7世紀ごろにイスラムの侵入を受けて半島は北部の一部にカトリックの王国が残りましたがほとんどがイスラム化しました。イスラムの帝国は繁栄し10世紀には首都のコルドバは当時世界最大の都市であったと言われています。その後キリスト教徒の反撃が起き、長い戦いの末に勝利します。当時のイベリア半島の大勢力であったカスティーリャ王国とアラゴン王国の女王と国王が結婚する形でカスティーリャ王国・アラゴン王国連合王国という形になり、これが所謂スペイン王国の始まりでイスラムのグラナダ王国を滅ぼして半島からイスラム勢力を一掃し、同じ頃コロンブスがアメリカ大陸に到着し一気に世界帝国にのし上がり、16世紀中頃から17世紀前半までの約80年間はスペインが繁栄した時期であり、スペイン史上「黄金の世紀(Siglo de Oro)」と呼ばれています。イスラム勢力に対する勝利、連合王国の成立、米大陸への到達がほぼ同時に起き、世界帝国になったという訳です。

その後は衰退に向かい冴えない時代となりフランスの属国のような状態が続きこのような停滞した状況は何とフランコ独裁時代の1970年代まで続きます。スペインの側から見ますとスペインという国家が衰退し、中南米の独立が起きた事が分かります、スペインが衰退し中南米をコントロール出来なくなったのが実情なのでしょう。フランコはファシスト主義で第二次世界大戦の前哨戦と呼ばれたスペイン内戦ではドイツ等の支援を受けて勝利しました。しかしながら第二次世界大戦では中立を維持して戦後も生き残り自身が死去する1975年まで独裁的な政策を維持し経済は回復しましたが国家としては暗く沈滞していました。日本がもし第二次世界大戦を回避して戦前の国体のままあの時代を乗り切ったとしたらどのような状況になったのか知る一つの手掛かりになるようにも思います。その後フランコは王国に戻すと宣言し前の王様の孫を自身の後継者として手塩にかけて教育を行い自分の政治を続けるよう意図していました。フランコの宣言により死後直ぐに王政復古となりましたが王様はフランコの意図とは異なる方針、立憲君主制に移行する事を明確にしてスペインは近代国家として一気に発展を遂げるに至っています。

イスラムの時代が終わって一気にスペイン帝国が世界帝国となり、しかしながら国内の実態は依然としてカスティーリャ王国・アラゴン王国連合王国であった訳です。暗黒の時代から開花し80年間の栄光の時代の後長い長い停滞の時代があったという訳です。要因としては内在する問題、外憂もあったでしょうが、最大の問題は成功体験に80年間浸った事かも知れません。栄光の時代が本来ある姿でありこの不遇の時代は解消され、また栄光の時代が来ると思い過ぎたのではないかと想像します。江戸時代から明治維新で開花し一度は敗戦という挫折を味わいながらもラッキーな面もあり戦後60年間も栄光の時代が続いた日本は一つ間違え、今までの成功パターンにしがみつき、不況で暗い世相は一時的なものであるという考えにこだわり過ぎ新しいチャレンジを行わないでいますとスペインのように長い停滞の時代に入ってしまう恐れがあると心配してしまいます。

またカタルーニャに行き改めてスペインは今でもモザイク国家であると再認識しました。北はメキシコから南はアルゼンチンまであまねくスペイン語が行き届いているラテンアメリカですが、イベリア半島ではスペイン語はカスティリャーノ要するにカスティーリャ語であり、他にもカタルーニャ語を始め多くの言語が併存している、またスペイン人と言っても古くはゴート人のようにゲルマン族が侵入し南部にはイスラムの時代に多くの人がアフリカ大陸からムーア人等が入っています、多分北と南そして東と西では見掛けも相当違うでしょう。中南米には南部のアンダルシアの人が多く移住して来たと言われていますが、長い間イスラム化されていた地域であり、キリスト教の国家になったと言われても馴染めなかった人が多く居て新天地を目指したのでしょう。またバスク人のように全く別系統の言語を話す民族も大きな地域に広がっています。歴史も波瀾万丈ですが現在も色々な問題を内在している事が想像出来ます。現在、カタルーニャ語、バレンシア語、バスク語、アラン語、ポルトガル語と非常に似ているガリシア語が地方公用語になっているほか、アストゥリアス語とアラゴン語もその該当地域の固有言語として認められているという事でスペインの言語は非常に多様になっています。ただしカスティーリャ語が世界公用語となり、中南米を中心に2億人以上話されているという事でカスティーリャ語が公用語として今後も力を増して行く事は間違いないでしょう。

欧州統合、国際化という方向と自主自治という流れの両方が併存している現実の中、金融危機の影響をまともに受けて失業・雇用の問題が深刻化している現実があります。EU加入以降高い経済成長率を達成し、国民の支持を受けて国家運営は比較的順調でしたが、今後不満が高まるとバスクやカタルーニャの自治拡大そして独立運動が高まり社会不安が顕在化して行く可能性もあるかも知れません。世界の先進地域とされている西ヨーロッパの中でも大きな存在だけに今後のスペインがどのような方向に進んで行くのか注目です。


世界の人がどのような状況になっても日本人は落ち着き冷静に行動する事に驚いています。家族を無くし家等の財産を全て失ってもわめいたり騒いだりせずに行動する日本人というのは本当にすばらしいものです。地震が起きて約2週間経過し毎日東京に住む日本の家族が心配でNHKのニュースやインターネットを眺めておりますが東京に住んでいる人と話をしますとマスコミに惑わされる事もなく状況を分析し皆さん非常に落ち着いて行動されているのに逆に驚きます。日本人というのは非常時となった時に真価が発揮される民族なのかも知れませんね。他の国であればパニックになっていたかも知れません。

経済が下降気味で失業等の問題がある時に起きた災害、福島原発そして電力不足という問題をしばらく抱えながら復興に立ち向かわなければならない状況にあるのですが、皆さん淡々としている。国が元の状態まで立ち直るまでには相当の時間はかかるかも知れませんが問題を克服して何年後かには平和な国に戻り何事も無かったように見える事でしょう。大きな災害、戦争などを乗り切って繁栄を勝ち取って来た日本人は我々の世代にとっては今回の災害は大きな事件かも知れませんがこの程度の事は歴史的には何度も起きている事であり、日本民族にとっては大きな困難ではないのかも知れませんね。今回の日本人の冷静沈着な行動は世界で高い評価を勝ち取った事は間違いないと思います。確かに直接的な被害だけでは無く間接的な影響が大きく立ちはだかり経済や産業の落ち込みは大きいかも知れませんが戦後の復興の例のように日本人ならばもしかしたらその後は「V字回復」するのではないかと想像し期待してしまいます。
中学三年生の時には東京に住んでおり都立高校へ進学する事を希望していました。現在と異なりまだ都立高校の人気が非常に高い時代であったのですが、既に凋落の兆しはありました。何でも以前は高校毎に受験するシステムであったのですが、余りに受験戦争が過熱し都立高校間での格差が広がっているのでこれを是正しなければならないという事で「群制度」が導入されていました。高校を学区内で幾つかのグループに分けてその群を受験するという方式でした。当時は杉並区に住んでおり、中野、練馬と共に第三学区とされこの中に4つの群がありました。大体この学区というのが非常にお役所的で、杉並と中野、練馬は確かに隣の区ですが、東京は都心に向かう電車は整備されていますが、環状に行くのは特に郊外では難しく練馬に行くのはバスを乗り継いで行くしか無く銀座に行くよりも大変でした。進学した高校は杉並の外れにあり、武蔵野市や三鷹市に近いのですがここは学区外で直ぐ近くの吉祥寺に住んでいる人は受験出来ない仕組みとなっていました。都県境があるならばまだ納得出来ますが同じ都内で無理に線を引いていたのもおかしな話です。

住んでいた家から一番近い高校は元々男子高で都内でも人気の高校で、ここに行きたいと希望していましたが、群制度で遠く中野区の南部にある元女子高と一緒のグループになっており、この群を受験する事になりました。希望する近くの高校か、希望しない遠くの元女子高かは合格者を上位から男子に関しては5人づつを3人が元男子高、2人は元女子高に機械的に振り分ける方式で決めていました、要するに希望どころか成績は全く関係無く運に拠るという事です。この時は運に恵まれて晴れて希望する方の高校に入学が叶いましたが、同じ中学から外れの元女子高に進学した生徒も勿論居ました。高校生になった後にこの学校に進学した友人に「女子が多くて幸せかい」と少々茶化して尋ねますと、不満そうな表情で「まず遠い、一度新宿まで出て地下鉄で通うしか無い、男子トイレは急造、制服は靴下の色までチェックする、おばさんの教師がヒステリーを起こす・・・」と不愉快そうに答えていました。自転車で10分、自由な校風で制服も無い当方の学校とは大違い、自分の運の良さに安堵しましたが何となく納得出来ない気持ちも残りました。

本来は同じ試験に合格したのですから両校は同レベルのはずですが、実際の大学進学先では大きな差が出ていました、校風が異なり、進学指導の方針が全く異なり、勉強の仕方も違っていたのでしょう、元女子高に進学した仲間は最後まで納得出来ない様子でした。勿論中野区の人や女子生徒の中には反対に中野区の元女子高を志望していたが、杉並の一番外れにある当方の高校に振り分けられてしまったという人も多かった事でしょう。このような事を続けている内に都立高校は急速に人気を失い、慌てて元のシステムに近い方式に変更しましたが、昔日の人気を取り戻す事は無いでしょう。何が問題であったかと言いますと「公平」では無かったからだと思っています、都内の中学生を公平に扱い、成績の良い者から希望が叶うのが当然であり、これを捻じ曲げた事が最大の問題であったと思います。都立高校の低落後、全国的に公立高校の沈下が目立つようになりましたが、私立高校側の強い後押しがあったのかも知れませんね。


現在の日本を悪く例えるならば「パンとサーカスを求める老人ホーム」という事になるのでしょうか。インターネットで検索してみますと既に日本の現状をローマの共和制後期の退廃の時代になぞらえて「パンとサーカス」という本まで出版されているようですが、その本には「非常識が常識の国」という副題まで付いています。本を読んでいないので内容は分かりませんが表題からして確かに日本の今の姿の一面を表していると思います。「パンとサーカス」の由来は戦いに勝利して属領が増えたローマはそこから吸い上げる利益でローマ市民に食事と娯楽を与え、その為に市民は政治には無関心となり働かなくなり、「自分の国は自分達で守る」という原則を忘れて亡国の道を辿ったとされます。日本の現状を見ていますとなるほど、これに似ていると感じる人が多いのでしょう。各方面で日本の競争力が急激に下落している事が各種の数字で明確になり、現在の不況が今までのような周期的な一過性のものでは無く日本がかなり難しい局面に立たされていると危機感を持つ人が次第に増えているようにも見えますが政治は相変わらずの大衆迎合型、「パンとサーカス」を与えて国民の目をそらして問題を先送りにする状況がずっと続いているように見えます。

日本人の平均年齢は2008年のデータで44歳、これに対して韓国36歳、中国34歳、インド25歳です。ただ南米はもっと若くブラジル29歳、パラグアイは22歳で多くの中南米の国では20代もしくは30代前半です。日本では20歳までは選挙権が無いので有権者の平均年齢はゆうに50歳を超えてしまい熟年相手になっています。平均年齢が80歳近い日本ですので、現在60代に突入した団塊の世代はまだ20年近くは大きな存在として残る事でしょうし、その後の世代も割合と多いのでますます老齢化が進んで行く事でしょう。この世代に対して受けの良いバラマキを行っているのが日本の政治であり、要するに日本の現状を例えると「パンとサーカスを求める老人ホーム」という事になるという訳です。

経済の先行きを心配する声に対して以前はよく「福祉や介護、医療の分野が増えるので心配無い」というのんびりした意見を良く耳にしました。資源の無い国土が狭い日本ですので「外から何で稼いで国民を食べされて行くのか」という議論が全く無いので心配していましたが、世界の経済特に物作りの分野で急速に日本抜きが起きている事に最近になって危機感を持った論調が増えて来ているように見えます。アジアにおいても中国、韓国、台湾、アセアン、インドなどはそれぞれ明確に目標を掲げて国家としての戦略を練り、急成長を遂げているのに対して日本は完全に取り残されてしまったように見えます。日本には高い技術があるので問題は無い中小企業が多く裾野が広いという意見もあるようですが、外国との差は急速に縮小しているのではないかと思います。一部の大企業等がこれらの他のアジア諸国の成長に連動して成長していますが、脱日本の方向は同じであり、企業が成長して外国での生産が増えても日本での生産は増えない、日本へのリターンは減る一方という状況が続くように見えます。大卒等の新卒者の就職難で一気に日本経済の停滞が顕在化しましたが、今後もこの状況に変化が無いとなれば非正規社員の割合が増大してますます雇用の問題が深刻化する事になるのでしょう。新卒のみが大企業等に優先的に採用される日本独特の仕組みにより一旦就職した企業を辞めるリスクはより大きくなっているように見え、どんなに辛くても苦しくても不満であっても会社を辞める事が出来ない息苦しい社会になって行くのではないかと心配になるこの頃です。

最近の日本は余り元気が無いので心配になりますが、長年タブーとした事を敢えて破る事を考えてみては如何でしょう社会に刺激を与えて活性化を促進する事が目的で、お金をかけずに直ぐに出来そうな事はやってみても良いと思います。簡単に思い付くのは、

(1)ギャンブルの解禁
(2)夏時間、標準時の変更
(3)ポルノ解禁
(4)デノミの実施

(1)ギャンブルの解禁:ギャンブル特にルーレットなどを解禁してモナコ、ラズベガス、マカオなどと並ぶ観光地を作ろうというもので、米国のネバダ州のようにある地域を限定して営業を許可するものです。例えば成田空港周辺などを特区にしては如何でしょうか?羽田が国際便を拡大する事になり、成田の利用が減少すると心配している人も多いようですが、成田空港周辺を特区に指定し、ラスベガス化を狙えば近隣諸国からの旅行客も増大し活性化すると思います。成田付近には余り客が入っていない大型のホテルが多いのでこれを改造して日本風ラスベガスにして全国そして世界から客を呼び込むという作戦です。

(2)夏時間、標準時の変更:夏時間に関しては多くの日本人は起きた時には明るくなければならないという変な先入観を持っているようですが、日没後に長い時間活動するのであれば日の出前に活動を始め出勤時に暗くても何の支障も無いはずです。正直外国で生活しますと日本人の生活をもっと朝型にした方が良いと思ってしまいます。夏には東日本では2時間くらい前倒しした方が良いと思う程です。明るい時間の活用が進めば新しい発想のビジネスも増える、余暇の活用が進む、省エネにもなると効果は大きいと思います。北海道など東の地域は西の明石時間を止めて常に一時間早めた時間を使用するようにしたら本土との違いが出て良いと思うのです。日本は本来「朝日の国、旭日の国」です、皆が早起きし毎日朝日を拝んで生活をするようにすれば気持ちも前向きに変わるのではないかと思います。

(3)ポルノ解禁:ポルノは先進国で変に禁止をしているのは日本だけですが、インターネットを通じて実質的は解禁になっているので追認するだけですが、ノーカットのものを公に販売出来るようにするだけでも経済効果はあると思いますし、裏で売られ闇の世界に流れている資金をカットする事も出来ると思いますし、そのような金の流れを表に出す事で多少とも税収に繋がる事でしょう。

(4)デノミの実施:デノミはよく言われている100分の1では無く一気に1000分の1デノミを実施してみては如何でしょう。約1円が10ドルとなり、円の価値が上がり国際的にも目立つ事が出来ます。20万円の給料が200円となり、見た目もすっきりします。戦前には給料が10円などいう事もあったと聞きますので決して不自然な数字では無いと思います。いっそのこと1万分の1デノミを実施してみては如何でしょう。明治時代との貨幣価値の比較をしているあるサイトでは明治30年頃の1円は今の2万円に相当するとあり、1万分の1にしても良いと思います。そうなりますと百円が1銭となり、厘を使わない事にしてそれ以下を切り捨てにすればインフレが生じデフレも収束する事でしょう。

どの案も当然の事ですが色々な反対、反発があるとは思いますが、ほとんどお金をかけずに出来る事ですね、今の日本の現状を見ていますと何か相当に思い切った事をしないと現状を変えられないのではないでしょうか?






長い間、日本の物作りは世界一と考える人が多かったと思いますし、確かにその通りであったと思います。例えば家庭用ビデオ録画の企画を決める際にはソニーなどのベータと松下などのVHS陣営に分かれて激しく争いましたが勿論両方とも日本の企業であり、日本の中での争いでした。当時世界で売られていたヴィデオ機、テレビなどはその多くが日本製で、その後の自動車と併せて世界で日本製が溢れ、日本が世界一の経済大国であると自負していました。高度成長期の時代には勉強が出来る子供は理工学部に進学するのが当たり前とまで考えられていました。有名大学の工学部に進学する事が秀才の証であるとされ、親も周囲も将来が約束されていると考えられていました。

時代は変わりかなり以前から工学部は不人気傾向にありましたが、ここに来て一段と人気が下落しています。高度成長期に工学部出身者は優遇されたのかも知れませんが、工学部出身者は社会で余り良い待遇を得られなかった事が最大の原因のように思います。高校生が大学を選択する時に「この学問をやってみよう」というよりも「ここの大学のこの学部は就職に有利だ」というのが一般的であると思います。ところが工学部を出ていざ就職を目指す時に同じ大学で遊んで過ごしていた経済学部の学生の方が世間的には良い会社に簡単に就職する現実がありました。会社に入ってもブルーカラー扱いで多くは作業着で泥だらけ、油みれになる余り良い職場環境とは言えない状況で多くは都市から離れた工場や現場で働く事となり拘束時間は長い上、工期、納期、コストなどに多くのノルマを課せられての仕事となります。出世は文系特に経営企画部とか社長室、人事部などの文系ホワイトカラーの人が有利という状況です。日進月歩の技術革新に付いて行かなければならず、幾ら勉強して特殊な技術をマスターしても技術ごと不要になれば無用な人材になってしまいます。例えば歯車の技術者、土木設計技師(土木工事が減り、コンピュータの導入で内容が劇的に変化)などは一度職を失いますと次はなかなか難しいのが現実です。工学部出身の文系就職が増えていますが、これは当然の流れてあると思いますが、本来日本の産業を支えるべき人材が流出しているとも言えます。

工学部の方でも何とか人気の回復を目指し名前を変えて中身を曖昧なものとしてでも学生を集めようとします。当方が学生の時代でもそれ以前は「鉱山工学」「冶金工学」と呼んでいたものを「資源工学」「金属工学」と名称を変更していましたが、これは産業構造が変化しまた技術革新が行われて内容のある名称の変更であったと理解します。しかしながら学生をとにかく集める為に不人気な名称は避け聞こえの良い名前に変更し内容が見え難くなっているように思います。文科系で増加した「国際~学部」と同類のものです。例えば多くの大学で「土木工学」という名称はほとんど無くなり「社会基盤工学」などに呼び名を変えていますが、これでは目指す技術者の内容が不明確になるだけのように思います。これに推薦、AO入試が増え、高校の授業はゆとり教育+単位制となっており、大学時代までもまれずに来る生徒の中で比較的優秀では無い学生が工学部に進学しているのでしょう。数十年前の大学での物理学、化学、数学は難しいものでした。科学技術の進歩でより高度なものが求められている中で基礎が出来ていない学生が大量に進学しているのでしょうから大学の現場は大変だと思います、急激な学生の学力レベルの低下、以前工業高校、そして工業高専で起きたのと同じような問題が起きている事でしょう。

今でも「日本には優秀な技術者多く、世界に誇れる他に追随を許さない高い技術がある」とマスコミなどでは語られています、確かに以前は多くの部品を用意し複雑な設計図通りに間違い無く組み立てる事が物作りの基本とされていましたが、現在は部品が電子部品となり多くがユニット化され物作りの現場は様変わりしています。より安く品質の良い部品を調達して組み立てるかが現在の製造であり、中には自分で工場を持たないメーカーまで現れています。このような潮流に産業界は遅れを取り、更に工学部の教育は遅れているのであれば学生が以前より集まらないのは当然なのかも知れませんね。
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