地球の反対側で考える(パラグアイから発信)

「パラグアイに行こう」の作者が地球の反対側で考えた事を綴ります。また訪日した感想も綴ります。

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ビリギャルなる本がかなり売れ、映画にまでなったそうです。何でも全く勉強出来ない学年ビリという落ちこぼれが塾の先生と出会って劇的に変化して慶応に合格したという奇跡のサクセスストリーとの事です。本のカバーの写真は金髪に染めた美少女が写っていて「このような娘が勉強に目覚めて慶応生になったのか」と思ったものです。実は写真の人はモデルで名前を石川恋さんと言い、この本が人気となり注目されてテレビなどに出演されているようです、栃木県出身で高校は「國學院大學栃木高等学校」、大学は「武蔵野大学」なのだそうで、学力・学歴はごく普通の方のようです。また本はご本人が書かれたのではなく、塾の講師が書いており少々自己宣伝臭い印象があります。映画化されましたがこちらの方はあまちゃん出演で有名になった有村架純さんがビリギャル役を務めていますが、写真を見ますとモデルの石川さんにかなり似せています。当のご本人もマスコミなどに登場していますので決して騙している訳ではなく事実関係をはっきり示していて嘘は無いのでマーケティグ、イメージ作りに成功したと言えるでしょう。

映画化までされているので何となくどのような内容なのかインターネットで色々と見て行きますとご本人の出身高校は愛知淑徳学園らしいとあります。本で書かれている内容を分析することで出身高校を割り出したのでしょうね。ここは名古屋のお嬢様学校で卒業生は250人強、早稲田、慶応は勿論のこと、毎年東大、京大、名古屋大などに多数の合格者を出す名門進学校なのです。難関の中学受験を経てその後勉強しなくなり成績不振になったようです。要するに小学校卒業の際には相当の学力があった事が分かります。例えば全国一東大に合格する名門校の開成高校でも高校2年時点で全国模試で散々な成績の学生でもその後猛勉強して一流大学に合格する事が多々あるようでこのような事は決して珍しい事例では無いように思います。要するに普通の学校でビリなのではなく名門私立進学高でビリだったという訳です。多分、高校終盤で追い込みを図り一流校に合格するというのは進学校では結構ある事ではないかと想像します。

次に慶応義塾大学ですが多くの学部がありますがこの方が入学したのは藤沢キャンパスなのでそうです。こちらの入試を見ますとAO入試で多くの学生を入学させており、一芸入試なのかモデルやアイドルなども多数在籍しているようです。看護を除くと一般入試は2つの学部を合わせて550人の募集で小論文はありますが何と学力試験は英語もしくは数学のみで受験が可能なのです。要するに小論文対策を行い、英語を勉強すれば入学出来る可能性があるという受験生には何とも受け易い大学なのです。競争率は高くレベルの高い受験生も多い事でしょうからそう簡単に合格出来訳ではありませんんが、あわよくばと考える学生や記念受験の人も多く居る事でしょう。ただ映画自体は非常に出来が良いようで試写会の満足度も高く評判も非常に良いようです。

それでは本当にドラゴン桜のようにビリ、底辺高から有名大学に合格した、大逆転をした人は居るのでしょうか。実際には色々な人が居るのでしょうが個人的には一番と考えるのはUCバークレー4年で政治経済を専攻されている鈴木さんが一番すごいように思います。中学時代は不良でしばしば警察に補導されたようで高校は川崎の底辺校、ヤンキーをやっていてほとんど勉強しないで卒業、その後はとび職をしていたそうです。全く勉強していなかったので普通の新聞も理解出来ない、四則演算もろくに出来ないレベルだったそうです。そこから一念発起してITの専門学校に行き資格を取りIT企業に就職、これでは不十分と考えて勉強をする為に渡米してバークレーを目指したという話です。本人が自分の言葉で分かり易く書いているので説得力があり、また内容も非常に参考になります。

地球の反対側から日本を見て-16 (2015年)

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インターネットの発達は社会の在り方を大きく変えて来ましたが教育の世界にも大きな影響を与えているように思います。日本において数十年前に留学と言いますと大学院で優秀な成績を収めた人が国費で将来研究者となった時の箔を付ける為に遊学に行くという感覚であったと思います。教授になった時に欧米の大学に在籍したという経歴を誇示するのが目的でしっかりとした研究をする為ではなかったように思います。日本が米国と並ぶ経済大国で日本企業が羨望の的であった時代では日本の有名企業に就職する事を考えれば敢えて若い時代に自ら外国の大学に進学する理由は無かったのでしょう。

21世紀に入りインターネットの利用が進み、ますますグローバル化が進行しているように感じます。世界中の優秀な高校生は自国の大学だけでは無く世界の大学の中でどこに進学するのかインターネットで調べ絞り込んで選んでいるように思います。現在世界で人気が高いのが英米の一流大学のようです。日本の大学は今まで日本の高校生向けのもので日本の企業・役所に就職する事を前提に成り立っています。また世界標準が9月入学の中、4月入学という世界でもほとんど例の無い制度となっています。携帯電話の世界の中で孤立し独自の進化を遂げたので「ガラパゴス系」、ガラ系と呼ばれていましたが大学に関しても同じようなガラパゴス系が進行しているように見えます。一部の私立大学では例えば立命館では九州に立命館アジア太平洋大学という専門の大学を設立し国際経営と観光の専門家を育成するという明確な方針を立て多くの学生を集めています。国際基督教大学、上智大学ではかなり以前から英語での教育に取り組んでおり、実績を積み上げています。日本の大学の国際化が必要だとしてその後様々な国際何とか学部が誕生しています。国際関係学部、国際教養学部、国際文化学部、国際観光学部、国際経済学部、国際情報学部、国際経営学部そのほかそのほか色々な名称の学部があります。少子高齢化で学生が減る中で国際と付けば学生が集まる時代があったのでしょう。中には一年間の留学を義務付けている学校もあるようです。内容は多くの大学では英語を中心とする外国語教育と一般教養で「第二外国語学部」と揶揄されている学校もあるようです。

政府としても日本の大学の国際化が進んで居ないとして留学生を呼び込もうと真剣に取り組むようになり、英語で大学を卒業出来るようなプログラムを奨励し条件を満たした大学には支援を行っているようです。リーダーシップを育てる等の文言が並んでいるコースもありますが外国人から見て「何が日本の魅力」なのか理解していないように見えます。多分日本に関心を持つ高校生が居るとすれば大別して二通りでマンガ等から日本文化に憧れる人か経済大国として成功した日本のノーハウを実務を学びたいと人でしょう。日本式経営の真髄に迫りますというようなカリキュラムを組めばもっと学生を集められるのではないかと思っています。入学時期、英語教育、日本人の高校生対象で日本企業の予備校となっている現在の大学の模索は続いています。明確な方向性が無い中、多くの大学は危機感を持って臨んでいますが、国際大学ランキング等を見ていますとむしろ下落の一途で成果が出ていないように見えます。大学をどうするのか教育の骨幹ですし日本の大学に活気か在る事は日本の将来に非常に重要な事であると思います、国民的な議論が必要なのかも知れませんね。

地球の反対側から日本を見て

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普段余り日本のドラマなど見ないのですがTBSで放送されている「半沢直樹」がとにかく非常に面白いという話がネット上に溢れていましたので興味を持ちました。銀行が舞台のサラリーマンのドラマというので何でそのようなものが大人気なのか不思議に思いましたが余りに人気なので取り合えす見る事にしました。確かに銀行に勤務するサラリーマンが主人公で銀行で働くお話ですが、実際の内容は時代劇という印象でした。悪役が出て来ますがそのまま水戸黄門の悪代官になりそうな人で銀行員の中でも悪役か良い役なのかが一目で分かる作りでした。銀行が舞台の金融ドラマというのは今までもあったのかも知れませんがこれは銀行を借りた勧善懲悪の伝統的な普通のドラマであると分かりました。

原作は2冊の本で全体が10回の放送の中、前半の5回が一冊目の本が元になっているようで大阪が舞台、後半はもう一冊が原作で東京本社が舞台でした。個人的には前半の大阪編が好きで支店長との戦いの話がメインではありますが、社外の話が主題であり、壇蜜さんが登場するなど脇役がなかなかのもので楽しめました。主役の半沢を演じた堺雅人さん、奥さん役の上戸彩さんは素晴らしい演技で好評なのは当然ですが小木曽次長、金融庁の黒崎検査官などの名演技が目立ちました。出番は一回だけですが、慶応義塾大学経済学部時代の同期、大学時代はラグビー部所属という役で出演したTKOの木下氏は普段のお笑い芸人とは異なりしっかりと慶応出身の銀行員に見えたのには驚きました。ただその時の会話の内容が理解出来なかったのでインターネットで確認したところ、慶応大学日吉キャンパスのラーメン屋の注文の仕方で慶応ネタであったので分からなかったという事のようです。見ていても半沢と友人達が如何にも慶応的な雰囲気を出していたのは興味深かったですね、原作者が慶応経済出身の元銀行マン、監督の福澤さんは福沢諭吉の子孫で勿論慶応の出身なので当然なのかも知れませんね、早稲田出身の堺さんが演じるというのは結構面白い話で何でもしっかりと「学問のすすめ」を読んで撮影に臨んだそうです。

お手軽にマンガを原作としてAKBとかジャニーズで出演者を固め、事務所の都合で残りの配役を割り振りドラマを作るという手法に皆がそろそろ飽きて来たのかも知れませんね、小説が原作で受けるものよりも作り手が納得が行くようにと制作したのでこれだけの人気を得たのでしょう。半沢直樹の次回作を望む意見をよく目にしますが個人的には面白い小説は多く在り、才能のある脚本家も多く居ると思うので制作する人達の意識さえしっかりとしていれば「あまちゃん」、「半沢直樹」のような作品がまた登場すると思います。テレビが面白くないという話をよく聞きます、確かに最近のバラエティーはどれも同じようで人気があるとされる芸をしない芸人をひな壇に並べて内容が無い馬鹿話をするという内容ばかりで飽きられてしまったように見えます。改めてドラマに復権したんでしょう、面白いドラマが次々と登場する事を願っています。


http://www.geocities.jp/paraguaysaga02/hantaigawa-014.html





2011年に福島第一原発の事故が起きそれ以降世界では原発に対して非常に危険であるという認識が急速に広まりつつあります。南米のパラグアイ、水力発電だけで十分に国内の電力需要を満たしている国に住んでいますと原発等は遠い世界の自分達には無関係の話として余り関心を持たずに居ました。ところが全国紙に「対岸のアルゼンチン・フォルモサ州に原発建設」という記事が掲載されました。フォルモサ州は川を挟んで向かい側の土地で以前はパラグアイの領土でしたが、戦争でアルゼンチンに割譲を余儀無くされた土地です。大統領府から近い所では僅か5キロくらいしか離れていません。その州内に原発を建設する計画があるというかなりセンセーショナルな記事でその中で原発の絵と候補となっている5ヶ所の地図と共に掲載されました。地図を見ますと一番パラグアイに近い候補地は何と首都アスンシオン市の対岸で、他のどの候補地もパラグアイから数キロという位置にあります。話が出て来た理由の一つとして考えられるのはアルゼンチンは4番目の原子力発電所建設を既に決めており、それを中国と技術協力を行う意向で検討に入った事にあるようです。今までのプロジェクトを見直してフォルモサの名前が出て来たのかも知れません。最近急速に中国と結びつきを強めているアルゼンチン、台湾承認国のパラグアイにプレッシャーを掛ける意図もあるのかも知れません。

パラグアイは世界の中で一番近い原発から約1000キロは離れており原発から離れて住みたいという人には絶好の場所で日本からも原発を嫌った人達が移り住んで来ています。その方達には寝耳に水の話で中には場合によっては再度移住を検討しなければならないと深刻な表情を見せる方もいました。パラグアイの人にとっては原発など全く意識の外、他人事ですが、世界中で原発に対する議論があり、さすがに関心を持つようになりこのニュースを話題にしていました。もしこのような施設が出来るとパラグアイにとっては全く利益が無くリスクだけ負うことになります。他の新聞でもこの話題が取り上げられました。内容は原発の危険性を訴える記事ばかりでポジティブな建設推進の記事は皆無でした、まあ当然の反応でしょう。

南米の原発に関して調べますとブラジルに1ヶ所、アルゼンチンに2ヶ所あるだけです。ブラジルはサンパウロの近く、アルゼンチンはブエノス・アイレスとコルドバの近くです。要するに大都市の需要を賄う為に大消費地からそれ程遠くない場所に建設されている訳です。かなり以前1980年頃までは世界中で原子力発電は花形と見られ未来型の発電所としてクリーンなイメージで持て囃されていました。安いエネルギーが魔法のように湧き出るというような印象がありました。日本の大学にも「原子力工学科」があり人気を集めていました、当時は最先端の未来志向のポジティブなイメージでした。科学技術の進歩の象徴という位置付けであったように思います。プロ野球の球団でも「アトムズ」なる球団があった程です。

ところが、1986年のチェルノブイリの事故辺りからその危険性が認識されるようになり、福島第一原発の事故で危険という意識は更に強まりました。国際原子力機関::IAEAという世界的な組織があり、原子力の平和利用を促進する事が目的で作られた組織ですが加盟国の中で指定理事国というものがあり、先進的な13ヵ国が特別な加盟国となっています。日米欧等の先進国の他、南アフリカとインドそして何とアルゼンチンがこの中に入っています。地域的なバランスを考慮して先進国だけなく、アジア、アフリカ、ラテンアメリカのそれぞれの地域から一ヵ国を選んだのでしょう。もしも新たな場所に原発を建設するとなりますとこの:IAEAが環境アセスメントを行い、環境や周辺国に影響が無いか、等原発が適正なのかどうか調査する事になりますので、簡単にその国の意思だけでは新規の建設は難しい状況であると言えるでしょう。住民の意識も変化しており、世界いずれの国でも全く新規の原発を建設する事はかなり難しいで状況と言えるでしょう。アルゼンチンは2009年に3ヶ所目となる新たな原発を建設する事を決めているようですが、未だに場所の選定を終えていないはこの為だと思われます。

さて、フォルモサの原発プロジェクトに関してですが、その後新聞に専門家のコメントが掲載されました。「確かにそのプロジェクトは存在した、ただそれだけでその後は何も無い」という事でした。多分原発に対してポジティブな時代の計画なのでしょう、その後近くに巨大なヤシレタ水力発電所が出来て過疎とも言えるこの地域には十分な電力が供給されるようになっています。わざわざ電力不足が懸念されている大消費地から遠く離れた場所で原発を建設する合理的な理由は全く無く、実施する可能性はまず無いでしょう。ただ記事の中でその専門家は外交ルートを通じて建設をしない確約を取り付けておくことは必要だろうと指摘しています。確かに可能性は低くても確認だけはしておいた方が無難でしょうね。パラグアイに住む人にとっては原発は遠い世界の事という感じでしたがこの件で何時でも自分達にも降りかかる問題であると認識した事は良かったと思います。個人的にも身近に出来る事と考えると本当に不気味な感じでした。原発は稼働を止めて廃炉にする場合には膨大なコストと時間が必要になります、今後は新規の建設はしない事が大切なのでしょうね。



昨年末に安倍首相が登場し新たな経済政策を打ち出しマスコミはアベノミクスと呼ぶようになっています。現在では多くの国民から支持され世界でも注目されています。これはとにかくデフレからの脱却を目指しそこから景気の回復を目指すというものです。リフレーションを提唱する経済学者の意見を取り入れ国債の買取などを通じて無制限に資金を供給する、要するにお札を刷って世間に出すという政策です。今まで行わなかったのは資金を過剰に供給すると金利が上がる即ち国債の値段が下がりギリシアのような信用不安が発生する可能性があると考えられていたからだと思います。景気が回復せずにインフレだけが起きるスタグフレーションの状態になるのではという危惧からです。

デフレ脱却、円高の是正の中で金利を安定させ国債の価値を維持するという矛盾するような事を同時に実現する政策は果たして可能化のか疑問視する意見が多かったのですが政権交代後政府は一貫して強い意思で実行して来ました。結果はお見事と言うしかありません、株は右肩上がりとなり円は下がり一気に景気が浮上しました。これは世界恐慌後の高橋是清以来の快挙かも知れません。物価がある程度上昇しても名目賃金が変わらないと実質的な収入は減り景気は減速してしまいますが今年の春闘は政治主導もあり景気が上昇基調にあるという事からかなり上昇しここでも政策が成功し安倍政権は磐石という印象です。この夏に行われる参議院選挙でも勝利すると見られています。

批判はどのような政策でもありますが、確かに今回の政策は無理矢理感があります、反動も大きいかも知れません。反動が大きいだろう、財政赤字の増大が加速され財政破綻の時期を早める事になるのではとか近い将来ハイパーインフレーションになるのではという心配も尤もだと思います。インフレが始まり数%のインフレで安定させる事は至難の業だと思います。日本国債が全面的に売られ国債の価値が一気に下がり銀行のバランスシートが危機を迎えて金融不安になってしまう可能性があります。ただ何もしないで座して衰退して行くのを待つよりも行動を起こした方が良いという思いも理解出来ます。将来、明日何が起きるか分かりません、例えば朝鮮有事の際には戦後の再現で朝鮮特需があるかも知れません、一気に今までの問題をチャラに出来る日本経済に利する事態が発生するかも知れません、現在のネガティブな状況の中で強烈な政策を執った安倍政権、カンフル剤的な政策だけに今後どのように経済を安定的な復調基調にして行くのか注目しています。
今度ファイスブックを開始しました。グループという機能があり早速登録しパラグアイのグループを創設しました。現在まで100人を超す参加者がありました。閉塞感が漂う日本で日本からの引越しを考える方が多い事に驚きました。人気のカナダ、オーストラリア、米国、東南アジアと併せてまだ少数派なのかも知れませんが南米が注目され、パラグアイに関心が持たれているのでしょう。


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パラグアイに関心を抱く方、南米の生活を知りたい方、南米に関心のある方と交流をされたい方、参加を検討していただけましたら幸いです。


ソウル市は市地域だけでもゆうに一千万人を超え、都市圏としては2200万人を数えます。これは韓国の全人口の4割以上、半分近くが首都圏に住んでいるという訳です。要するに「韓国すなわちソウル」というのが実際の所でしょう。ソウル市の人口一千万人の内訳は漢江の北側が500万、南側が500万となっています。特に目覚しく発展したのが南側です。江南を開発した1970年から江南でオリンピックを開催した1988年までの18年間で、ソウルの人口は550万人から1,030万人の約2倍に増加したのですが、江北の人口は430万人から540万人と約110万人増加したのに対して江南の人口は120万人から490万人となんと実に370万人も増加したのだそうです。大きい道幅の幹線道路が走りしっかりと区画整理をして新たな街造りをしたので実に綺麗です。大きなビルが建ち並び、企業の多くも北側から南側に引越しを行い、大ビジネス街が誕生しています。テヘラン路に立ちますと遥かかなたまで整然とビルが立ち並んでいるのが見え、ソウルの発展ぶりを窺い知れます。これらのビルに在る一流企業で働くのが韓国青年の希望なのでしょうね。南米最大の都市であるサンパウロのビジネス街パウリスタ通りも確かに立派ですが一本道を入ると普通の街並みになっており、ビル街、繁華街が線であるのに対してこちらソウルは面で街が発展しているのは大したものです。北側は朝鮮に近く朝鮮戦争の時に多くの人が南へ逃げる際に橋を渡る事が出来なかった、また橋を渡る際に橋が落ちて多くの人が亡くなったという歴史もあり、少しでも軍事境界線から遠い所に住みたいという心理もあるのでしょう。

繁華街の中心となっている江南駅から江南大路を歩いてみましたが、日本の銀座、ニューヨークの五番街、パリのシャンゼリゼ等と並ぶ世界的な通りになっているという印象です。整然とした感じは他には無い世界一かも知れません。街を走る自動車は大型の高級車が多く、歩く人も若い人が大半でお洒落で、昔のイメージとは様変わりです。特に女性の化粧の仕方は変わり、髪型は以前はパーマをかけている人が多かったのですが真っ直ぐに伸ばすようになって様変わりです。この江南は韓国の中でステータスシンボルとなっており、江北そして他の地域との格差は広がっているようで、不動産価格も上昇しているようです。韓国は国土が狭く人口もそろそろ頭打ちになって来るでしょうから今後も一本調子の発展は難しい事でしょう。将来の需要を見込んでどんどんと高層建築が建っていますがどこかで限界に達する事でしょう。交通渋滞も次第に深刻になっているようで高層住宅も多く、ある時期になりますと一斉に建て替えをしなければならない時期を迎える事でしょう、将来に向けた街作りを如何にバランス良く進めて行くのか今後の江南注目です。

ソウル・江南


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お札の重さを調べますと1万円1枚で1.02グラムなのだそうです、要するに1万円は約1グラムと考えれば良い訳ですね。大金と言える札束100万円ですとその100倍ですから約100グラムとなります。従いまして庶民として実感がある大金である一億円は約10キロとなります。日本銀行のサイトに一億円の写真がありますが、見た目にも相当重そうです。ケースに入れて片手で何とか持てる重さですね。サラリーマンの生涯給が優良企業で現在価値に換算して大体3億円と言われていますので一万円にして約30キロ、これが人一人の人生の価値という事なのでしょう。結構な重さですがこの程度であれば一人で持ち運ぶ事は可能であると思います。

さて、日本政府の借金はと言いますと色々な計算がありますが、約1.200兆円なのだそうです。庶民である我々には実感があるお金は1億円でこれだけあれば老後を安心して暮らせる等と考えいますが、1.200兆円と言われてもその巨大さが分からないというが正直な感想です。それではどの程度なのか重さで考えみたいと思います。表を作りますと1.000兆円で10万トンという事が分かりました。勿論それほどの現金が市場には出回っていませんが、一万円札で10万トンとは凄まじい量ですね。借金総額の1.200兆円ですと12万トンという事になり、10トントラックで運搬すると1万2千台が必要という事になります。これだけの重さの借金を日本人が背負い込んでしまっている現実があります。これだけの量を運ぶとなるとトラックでは無く大型のタンカーが必要になりますね。なお、金の価格は1グラムで4800円程度なので金に換算すると25万トンという事になります。2011年の世界の金生産量が2800トンくらいですので90年分の生産量という事になりますね、すごいですね。

日本の借金の中身は政府保証などというがありますが、その多くが国債という形で借金をしています。これだけ多くの借金をしてもさほど感じないのは借金を借金で賄って来て問題を先送りして顕在化させなかったからと異常な程の低金利が長く続いたからだと思います。また最大の金融機関が郵貯銀行という政府系の銀行であった事も要因でしょう。金融機関も安定した低金利の時代が長く続いているので安心してリスクゼロとして会計処理出来る国債を保有しているのでしょう。日銀も金融緩和を行い資金供給の枠を拡大し低金利が継続するよう努めています。逆に言いますと金利が上昇すると大変な事になるのではないかと心配になります。新聞記事に拠りますと金利が1%上昇しますと国債価格が下がり金融機関全体では6.4兆円の含み損を被る事になると言います。これだけの含み損を抱えると金融機関の中には経営が行き詰まる所も出てくるでしょうし、貸出の中には長期の固定金利のものも相当あると想像しますので逆ざやの案件も多数発生し金融機関の貸し渋りが一気に起きる事になり、金利も更に上昇し評価損が増えて経営を圧迫するという悪循環、負のスパイラに陥る危険性もあると思います。このような事態となりますと企業等の倒産が増え失業者が増大する事になるのではないかと心配になります。

日本政府はこれに対して危機感を抱き、消費税を上げる事を検討しています。何でも1%上げると2兆円の税収増加の効果があるとの事で5%上げれば10兆円の増収となるとの事です。昨年度の新規国債の発行高が44兆円でしたので、20%~30%上げる事が出来れば一応プライマリーバランスを達成する事が出来る計算になります。ただし震災の復興、少子高齢化の進行に伴う社会保障費の増大など歳出増加の要因があるだけに30%に上げても達成は難しいでしょう。例えプライマリーバランスを達成したとしても積み上がった借金1.200兆円には金利が発生します。金利が1%に対して年間12兆円金利支払いが増えるのですから大変です。要するに金利上昇1%が消費税6%になる計算です。金利が1%以下というような低金利の時代が長く続き、日本人が慣れきってしまっているように見えます。これはどう考えても普通の状態では無く将来何時になるのかは分かりませんが金利は上昇する事でしょう。その間にも借金は積み上がって行き事態は少しづつ悪化して行くので実際に多少でも金利が上昇する時には相当のインパクトがあるのではないかと心配になります。






日本の国旗は日章旗です。これは日本の常識であり、世界の常識でもあります。現在の世界は国家が基本でそれぞれの人は国家に属して生きています。外国で生活されている方は皆さん同じであると思いますが、国旗に敬意を表するのは常識で国際慣例として最も普及している事ではないでしょうか。自国の国旗は勿論、外国の国旗が掲揚され国歌が流れますと誰もが脱帽して直立します。日常の生活で学校で色々なイベントでしっかりと子供たちにも教えているのでしょう。日本では公務員の方が学校の教師をしている方の中で国旗に敬意を払う事を拒否している方がいるという事に驚いています。人に会った時に挨拶をする事は自身の信条に合わない、学校生活の中で時間を守らなくても問題ないという信条を持つ先生も認められるのでしょうか。国旗は国旗です、日本そして日本人の象徴が日章旗です。外国で誰かが日章旗を燃やすような行為をすれば不快ですし、国として抗議をするのは当然の事であると思います。将来子供たちが外国で恥をかかないようにする為にも国旗に敬意を払う事は大切であると教えるべきでしょう。

以前朝鮮に朝鮮戦争後初めてニューヨークフィルが訪問し平壌で公演を行いました。これは是非見たいと映像を探し見る事が出来ました。当然の事ですが朝鮮と米国の国旗が掲げられ、両国国旗に対して敬意を払い高らかに両国国歌が演奏されました、多くの朝鮮高官は敵として教えられた星条旗に向かい敬意を払いながら、世界的な交響楽団が奏でる米国国歌を聞くとは思ってもいなかった事でしょう、それでも当たり前の事ですが全員前を向き直立して敬意を払っていました。もしその中の一名でも敵の旗で自分の信条に合わないから座って横を向くという行動を取ったらどのような事になるのか想像するだけでぞっとします。好き嫌いは誰にでもあるでしょう、しかしながら国旗には敬意を払うという国際常識を教えない事は公務員として教師として行ってはならない事のように思います。世界一異常で世界の常識が通じないと考えられている朝鮮でさえも初めて見た敵国の国旗、国歌に敬意を払う姿勢を参考にしていただきたいと思います。またそれほどまでに日章旗を嫌うのであれば国民投票で国旗を選択するのも良いかも知れませんね、個人的には日本の象徴の旗として長く使用されていた旭日旗なども候補に加えても良いのではないかと思います。これであれば拒否をする教師に同情的なとある新聞社の賛同も得られるでしょう。









地球は温暖化の傾向にあり、人類が力を合わせて温暖化を阻止しなれければならない、というのが世間一般の常識であったように思います。微妙な地球環境の中、人類は化石エネルギーを大量に消費して人為的に地球を温暖化している、直ぐに対策を講じ、地球規模で二酸化炭素の排出を防がなければならないというような話であったように思います。地球は熱地獄と化し、極地の氷は溶け出し、海面が上昇し、アマゾン等は砂漠化するというような事でした。ある程度は心配するような事態が発生し、南太平洋の島国では浸水騒ぎが起き、国が水没する危機に瀕していると盛んに取り上げられていました。地球は人間のせいで温暖化に向かっているというのが一般的な見方でグラフを見る限りその通りであると思います。

最近地球が寒冷化に向かっているのではないかという主張が目立つようになって来ました。こちらは人間の活動とは関係は無く宇宙と太陽の活動の為なのだそうです。論旨は太陽の黒点が減ると地球は寒冷化するというのです。黒点と寒冷化の因果関係は次のようなものです。黒点というのは太陽の活動が活発な時の地場の通り道で、黒点が多いという事は太陽の磁力が強く太陽系のバリアーがよく機能しているのだそうです。我々の宇宙、銀河系内では超新星の爆発等で宇宙線と呼ばれる放射線、主に陽子が飛び交っているのですが、太陽の磁力で出来るバリアーが太陽系への侵入を防いでいるというのです。黒点が少ない、すなわち磁力が減るとバリアーが弱くなりより多くの宇宙線が太陽系に入り、地球にもより多く降り注ぐのだそうです。宇宙線は大気に入ると待機中の分子と衝突し帯電させ、分子同士をくっつける働きがあり、このようにして出来たものが核となり、雲が発生するのだそうです。今まで考えられていた水蒸気では無く宇宙線が雲を作るそうです。

要するに黒点が少なくなると結果的に雲が出来やすくなり、雲が多くなると地上に到達する太陽光の総量が減少し結果的に寒冷化に向かうのだそうです。黒点が多い時期と少ない時期は近年では11年周期で定期的に繰り返されていたようですが、最近はこのパターンが崩れて黒点が少ない状況が続く恐れがあるというのです。17世紀頃は寒冷期でロンドンのテムズ川がしばしば氷結したのだそうで、そのような寒冷な時代が来るかも知れないと言うのです。この説は説得力があり、真実かもしれないと思ってしまいます。毎年の気温に注目ですね。






新たに朝鮮の指導者となった金正恩氏の母親は高英姫という方で元々は在日の方で大阪生まれなのだそうです。金総書記からは「あゆみ」という名前で呼ばれていたという説もあります。まだ健在であるという説もありますが、一般的には癌を発症し2004年にフランスで亡くなられたそうです。数年前に金正恩氏が次の指導者の候補となった際に日本では多くのジャーナリストが在日の母親の日本時代について調べ鶴橋に住んでいた元プロレスラー高太文氏(リングネーム:大同山又道、通名:高山洲弘)の娘の高春幸(1950年6月16日生まれ)であると報道し、それに準ずる本まで出版されています。なんでも和田アキ子さんの実家の道場が近くにあり、父親の出身地も同じ島なので柔道家同士という事もあり、小さい時には和田さんがこの娘の面倒を見ていたと報道されています。

もう一つ説があり、在日帰国者であるコ・ギョンテク氏の娘、高英子であるの説です。それによりますと1952年6月26日生まれで1962年、9歳の時に朝鮮に渡った事になります。朝鮮画報に朝鮮で暮らす一家の写真があり、こちらが本物であると主張されている方が多く居ます。ウィキペディアを見ますと日本は高太文説、韓国はコ・ギョンテク説を取っています。ただ柔道家からプロレスラーになった高太文氏の写真を見ますと体格風貌などは何となく金正恩氏に似ている気がしますが如何でしょうか。

いずれにしても高英姫さんは大阪の生まれ、父親は済州島の出身である事は間違いないようです。幾ら在日の方が多く暮らしているとはいえ大阪に10歳近くまで住んでいたという事は故郷は大阪で、日本的であった事は間違い無いと思います。金正日総書記が日本人の専属料理人を置き、拉致という相当強硬な手段を用いてでも日本人の若い女性を連れて来たのも高英姫を慰める為であったのかも知れません。高英姫さんは懐かしい日本に息子達(正哲氏、正恩氏)を連れて何回か訪問されたようです。正恩氏は母と共に数回日本を訪問し、小さい時に日本の教育を受けた母親に育てられている訳で日本に関しては親近感を持っているのではないかと推測します。韓国の李明博大統領も大阪の生まれ、南北の指導者共に大阪に強い縁があるようですね。

さて、金日成主席、金正日総書記の場合にはその母親達は偶像化され国母という感じで崇拝されて来ました。金正日総書記に愛され、指導者母に当たる高英姫さんも多分近い将来、偶像化する事になるのでしょう、その際には在日出身で舞踊家、一説にはあの「喜び組」であったという経歴は余りふさわしくないと考えているようで、関西大学の李英和教授の話としてデイリーNKの伝える事によりますと隠蔽される事になるのだそうです。正恩氏の正統性の根拠となる「白頭の血統」には相容れないと考えているのかも知れません、どのような扱いになるのか注目ですね。





韓国・朝鮮




明治維新の後、日本は非常に短期間で欧米列強と肩を並べる強国になりますが、その当時国家を支えていたのは江戸時代に教育を受けていたごく普通の人達です。明治維新の時点では既に大人になっていた彼らが日本を押し上げた事になります。欧米で教育を受けていない日本、それも田舎の山口県、佐賀県、鹿児島県などで育った人達が中心です。一般的に考えて、近代国家とそれ以前の封建的な国家との違いは何かと言いますと国民の為に政府が働く、自由に意見が言えて優秀な人物が登用される事にあるように思います。戦国時代は多分君主が領民を守りはしたでしょうが、それは自身の利益の為で民百姓の為に命を掛けた訳ではないと思います。

戦国大名としては人気が高い真田でも徳川が攻めて来た時には上田の城下町に火を放つという策を用いています。当時、権力の前には人は無力に近い存在であったと想像します。明治維新の戊辰戦争で不思議なのは関ヶ原と登場するメンバーが似ていて、東軍が徳川、西軍が毛利、島津なのですが、主人公は殿様ではなく下級武士達で例えば江戸開城は幕臣の勝海舟と島津の下級武士である西郷隆盛の間で取り決められていて、決定権がそれ程高い身分では無い人が握っている事には驚きます。少し遡り江戸後期、時代劇で取り上げられる文化文政時代、江戸で町人が殺されるような事件があると町奉行所、要するに役人となっている武士が必死に事件を解決します。強盗が商人を襲う場合も同様です。既に支配者層である武士達は国民を守るという文明国家、国民国家を実現したという訳です。江戸時代の初期にはまだ戦国同様の殺伐とした前近代的な社会であったでしょうが、明治維新の時には高いレベルの文明国家になっている、江戸時代の間に少しづつ変化したのかそれとも意図的に変革が行われたのか疑問に思っていました。

ある番組で江戸初期に起きた島原の乱を取り上げていました、これが契機で日本は文明国家になっていったと言うのです。日本人の気質の大転換を行ったのが綱吉だというのです。綱吉は武士に対しては武家諸法度を改定して武士は武では無く文を尊ぶように変更し、教養と管理能力を身に着けるよう変革、庶民には生類憐みの令を発布して人を殺すな、傷付けるな、刃傷沙汰はご法度、弱者は救済し果ては犬猫のような動物まで尊重するよう求めました。日本人の気質の大改革を実行したという訳です。これにより穏やかな太平の世となり、教育が庶民レベルまで普及し高度な文明国家を成し遂げ、豊かな元禄時代を実現したという訳です。当時起きた大事件である「松の廊下刃傷事件」においても仇討を実行した赤穂浪士を全員切腹させましたが、綱吉から見ますと「馬鹿どもめ、まだ分からないのか」と相当お怒りの事であったと想像します。事件を起こした浪士そしての事件を英雄視する庶民には失望したと想像します。遺言で生類憐れみの令を継続するよう求めていましたが、まだ日本人の気質変更がまだまだ不十分と考えていたのでしょう。綱吉が日本人を変え日本の近代化への素地を作ったのは確かであると思います、日本の歴史上の人物で一番尊敬する人、好きな人はというような質問には「徳川綱吉と答えるようになりました。


地球の反対側で考える(2011)





自分自身が移住者なので、移住という言葉には大きな意味を感じます。日本では景気が低迷し、更にこれに震災が追い打ちを掛け日本経済にはかつてない程の閉塞感が漂っているように見えます。日本人の中にはこのままの生活で良いのか、ずっと日本に住み続けて良いのか悩み始めている人も多いのではないでしょうか。自分の将来を考えてる際に「移住」という選択肢が浮かんで来るのは尤もな事であると思います。ただ実際に日本から離れて住んでいて何年か振りに訪日しますと正直日本の心地良さに驚きます。移住者の中でも子供が独立し経済的に余裕がある方は日本に戻られる方も居ます、自分の生まれ育った土地というのは本当に落ち着ける場所であると思います。

今でもよく「よく決心されましたね」とか「ずっと住み続けるのでしょうか」などと尋ねられますが、このような問い掛けには少々戸惑います。強い決心をして引っ越して来た訳でもありませんし、ずっと住み続けると決めた訳でもないからです。勿論、現在どこか他の所に移る気もないですし予定もありません多分このまま住み続ける事になると思っています。ただ正直言って将来の事は不確定で分かりませんので断言出来ません。ではどのような気持でここに越して来たのかと言いますと「引っ越し」をして来たという意識だけです。従ってまた引っ越しする可能性はあるかも知れないと思っているのです。日本から移住を検討される方も「引っ越し」であり、ただ引っ越し先が地球の反対側であるという風に考えれば良いと思います。パラグアイでも普通に市民が暮らしていて何も特別な事をしている訳ではありませんので余り堅苦しく考える必要は無いと思います。

ただ十分な準備は必要であると思います。東京生まれの東京育ちの人が東京ローカルの中小企業に勤めていて、親戚も友人もほとんどが東京圏に住んでいるとします。その人がある日突然全ての生活を清算し新幹線に飛び乗り大阪に行ったとします。このような人が次の日からしっかりと暮らせるとは到底思えません。親戚も知り合いも無い中で思うような住居、仕事を見つけるのは大変であると思います。移住したいと問い合わせをされて来る人の中にはこれと同じような事をしようと考えている人が居ますが言語も生活習慣も分からない中では少々無謀ではないでしょうか。

最近日本の方から移住の問い合わせが増えています。以前と異なるのは多くが将来への不安からで余りポジティブなものではありません。どのような情報、根拠からか分かりませんが乏しい情報の中、頭の中で勝手にイメージし、自分の南米、自分のパラグアイを頭の中で想像し膨らませているように見えます。一度も訪問した事が無い国が想像通りのはずは無いのは当然なので問い合わせにはいつも「一度訪問されると良いでしょう」と答えています。実際にある程度の滞在して体験すると自分が暮らせるのか暮らしたいのか分かると思います。客家の名言の一つに「百聞は一見にしかず されど百見は一行にしかず」というのがあります。百回聞くより一回見た方が分かる、しかし百回見たより一回体験した方が分かるという意味で実体験が重要であるという意味で、まさにその通りであると思います。 

移住後の生活には2種類あるように見えます。一つは年金などで暮らしていて老後をエンジョイしようと考えている方です。ある程度経済的に余裕がある方は例えば半年間アパートホテルを長期で借り南米に滞在されるというのも良いと思います。気に入ればまた来れば良いと思いますし、訪問の度に滞在先を変更する事も可能です。昔と比較して航空運賃が下がっていますので日本と比較して物価の安い南米に半年滞在する生活をしても日本で暮らすのとトータルのコストでは余り違いは無いでしょう。もう一つは比較的若い方で住み付き収入を得て生活するというケースで仕事を探し生きて行く事を考えなければなりません。この場合は仕事を始めるまで少なくても一年くらいは言葉を勉強し、習慣を身に付ける方が良いかも知れません。しっかりと方向が定まってから動き出すのが良いと思います。

思うこと・作者の思うことを気ままに綴ります。-08 (2010-2011年)







韓国・朝鮮は日本の隣国、顔をみただけではほとんど区別がつかないし、習慣などはかなり似ている点もあります。日本に住んでいるいた頃、そう高校生時代に、日本ではこの隣国の情報が余りに少ない事に気が付き、疑問に感じると共に関心を抱くようになりました。それ以来この隣国に関して注目し、日本に居る時には出版された書籍が出ると必ずといって良いほど購入するようになり、今では200冊近くになっています。(パラグアイ日系人では多分一番多い事でしょう)歴史書籍、戦争(朝鮮戦争)、生活体験記、旅行記、料理の本と内容は様々ですが、色々な側面からこの国を見ておりますと、なかなか面白いものです。最近では趣味の覧に「韓国・朝鮮」と書くほどの凝り様です。そう南米が本業とすれば韓国・朝鮮が副業と言った感じしょうか。実はその昔はむしろ中国に関心があり、中国に憧れを抱いておりましたが、中国関係の歴史などの本等を読んでいますと段々と中間に位置するこの半島に関心が移って来ました。歴史・文化・料理、何を取っても面白いものです。

また現在は不幸な事に現在でも南北に分かれており、冷戦終結後の現在に至るまで分断国家になり、対峙しているというのも関心を誘います。南北それぞれの主張は未だに平行線のまま、双方とも究極の国家の目標として「南北統一」を掲げていますが、現実にはなかなか難しい問題が多いように思います。一度戦火を交えた双方の不信感はなかなか拭い切れないでしょう。停戦はしていますが、あくまで停戦で戦いは現在も続行中なのです。最近では北の不審船とか拉致などが日本のマスコミで取り上げられるようになっていますが、朝鮮・韓国ウォッチングを続けている者にとっては何を今更と思っています。また色々な朝鮮訪問紀が出ていますが、中には日本の常識から抜け切らずに「アレー」と思う事もしばしばです。最近もとある週刊誌で少女が「飼っている犬を食べた」と書き、北の食料事情がここまで悪化しているという書き方をしていましたが、朝鮮では「犬はご馳走で食用」、日本で豚を飼っているのと全く同じ感覚だと思うのです。

当地に来た当時は、南米に来て韓国は遠く離れたと思っていましたが、実際には同じ街の住人として韓国人と接する機会が多くなり、また好んで韓式料理を食べ、韓国食品店に足を運ぶので接点は増えるばかりです。一番強く感じたのは日本で接触していた韓国の方達は在日韓国人、2・3世の人が中心でアイデンティティーは韓国なのでしょうが、日本の文化・習慣にかなり深く入り、実際には韓国系日本人?という感じになっていると思います。当地の2・3世が日系パラグアイ人となり、考え方、仕草などが日本に住んでいる人と異なるとよく似ています。それに対して当地で出会う韓国人は当たり前ですが韓国の韓国人、ごく普通の人達です。在日の方々は常に日本と韓国、その両国を意識して生活をされていると思いますが、当地の韓国の人達は普段の生活の中では特に日本人を意識する事無く韓国で生活をされて来ている訳ですから違うのは当然ですね。正直に感じるのは日本人と違うがやはりよく似ているという事でしょう。これでは外国人から見ると区別がつかないでしょうね。1世はまだ仕草・服装などである程度は判りますが、2・3世になり、スペイン語で話をしていると全く区別が付きません。日本でも日韓新時代と言います、この魅力溢れる隣国をもっと知る必要があるように思います。双方で何か思い込みみたいなものが先行して、実態と懸け離れた韓国像、日本像になってしまっているように思うのです


韓国・朝鮮



小さい時に世界地図を眺めていて南米大陸とアフリカ大陸が形が似ていると思って見ていました。世界地図の一番右にある南米と左にあるアフリカ、意識の中では遠く離れていると思っていました。小学校に入り地球儀を買ってもらい、それまでの地図だけの世界観が大きく変わりました。グリーンランドの大きさはそれ程でもなく、南極大陸は帯状に広がっているわけでも無い事が理解出来ました。それまで見ていた地図は主にメルかトール図法と呼ばれるもので、世界を四角に表示しており、以前は航海などに利用されていたという事で見易いという利点はありますが、実際とはかなりかけ離れてしまっています。また日本で見る地図は当然のことながら日本を中心に描いていますので、一番右に南米大陸がそして一番左にアフリカ大陸が位置します。地図からはこの両大陸の距離は分かりません。地球儀をしっかりと眺めるようになりますと南米大陸とアフリカ大陸は近い事が分かって来ます。半分よりは少々大きい程度で緯度も似ており、形も何となく似ています。両者は似ていると勝手に想像していました。

実際に南米に居てアフリカを意識しますと「遠い」という印象があります。確かに距離から言いますと一番近い南米東北部とセネガル辺りであれば飛行機を使えば3~4時間程度の距離でしょう。ただ両者に経済的な必要性が余り無いので実際にはほとんど直行する便は無く、南米からは欧米、アフリカからは欧州に向かう便が大半です。実際に南米-アフリカ間で飛んでいるのはリオ-ルアンダ便などごく僅かでそれも少ないと思います。南米とアフリカは経済的には北半球の先進国からは同じような役割を担っているわけで補完関係は無く、経済交流もほとんど無いのが実際なのでしょう。ブラジルからアンゴラには直行便があり、経済的なつながりもある程度あるように聞きますが、これは両国が同じポルトガル語であり、ブラジルが経済的に大きな国になっており、アンゴラに対しては先進国的な役割を果たせるようになったからでしょうが、これはあくまで例外的なものであると思います。

南米から見ますとアフリカ大陸というのは余り関係が無い、遠い世界であると見てしまいます。欧米とは経済的にも文化的にも繋がりが強く関係は密であり、行き来も多い、近年は日本、中国、韓国を中心にアジア特に東アジア地域との繋がりも強くなっています。インド人も特に北部南米で多く居住しており、近い存在であると意識します。勿論南米にもアフリカ系の人達が多く居住します、大航海時代に労働力としてあたかも物資のように強制的に連れて来られた人達の子孫で当初は奴隷として扱われていました。アフリカからの移住者というよりは南米からの先住民であるインディオと同じような感じで見られているように感じます。ただパラグアイ、アルゼンチンなど南部南米ではアフリカ系の人は多くはありません。

アフリカに住んでいた人に「南米とアフリカは似ているのか?」と尋ねますと「似ている面もあるが、違う面も多い」という歯切れの悪い答えが返って来ます。南米もアフリカも広大であり、地域による差異は日本で想像する以上に大きいと思いますが、両者の違いも大きいのでしょう。地図を見ますとアフリカには50の国があります。これに対して南米は12です。アフリカ大陸と一口に言いましてもサハラ以北は地中海世界であり、緯度も日本くらいで、アルジェなどは東京よりも北に位置しています。住民も欧州人に近い人達です。サハラ以南がいわゆるブラック・アフリカで外からイメージするアフリカです。住民は黒人が多く、貧困で病気も多い地域です。南米は欧米人と先住民が基本となっています。アフリカには内戦が多く、飢餓があり、難民も多数居ます。これに対して南米はゲリラの活動がある程度で目立った内戦は無く、飢餓の問題もほとんどありません。

アジア、アフリカ、南米をAAAと称し発展途上地域としてひとまとめにされますが、南米は主に外からの移住者で社会が構成されており、かなり異なると思っています。アフリカとの交流が深まり両者が一体となり欧米に意見が出来るようになれば強力な勢力となると思いますが、実際にはしばらくは遠い世界として留まるものと想像します。南米から見て一番遠いのがアフリカという現状はしばらく動かない事でしょう。
日本の食材で一番食べるのが「納豆」です。今まで知らなかったのですが「納豆の日」というのがあり、「なっとう」から「7月10日」なのだそうで、丁度当方の誕生日にあたります。納豆の原料は大豆ですが、当地にはあり余る程の大豆があり、納豆は造る人が居れば簡単に手に入る食材です。この納豆のルーツは中国雲南地方なのでそうですが、現在では日本を代表する食材と言えると思います。よく日本のテレビで外国人に日本食材の中で苦手そうなものを食べさせる企画がありますが、梅干などと共によく登場します、食べ慣れないと難しい食べ物なのでしょう。最近大阪の番組で「納豆を毎日食べるとやせる」という紹介があり、全国的に納豆が品薄になる事件がありました。この放送の内容自体は嘘であったようですが、確かに納豆は良い食品であると思います。たんぱく質を肉では無く豆から摂ると良いと言いますが、納豆は最適な食品であると思います。普通の豆ですと調理しなければ食べられませんが、納豆であれば出してかき混ぜて醤油を少々入れれば直ぐに食べる事が出来ます。

知り合いの渡部さんが「田中さん納豆を毎朝食べると良いよ、僕はそれを始めてから調子がすごく良くなった」と言うのです。なるほど、でも買いに行くのが面倒だと答えると「いやいや30個くらいまとめて買えば配達してくれる」と言うのです。なるほどそれは良いと早速納豆を作っている方に電話し30個届けてもらいました。日本では大体100円前後、99円くらいと聞いていますが、当地では3千グアラニ、75円します。日本の物価と当地の物価から考えますと多少高い印象がありますが、多分1個の分量は倍以上あると思います。豆も日本は何となくひ弱な小さいものが好まれますが、当地では大粒の大豆が使用されています。冷凍庫から出して少し常温で置いていただきますが、歯ごたえがあるのでよく噛んでいただきます。勿論ねぎを刻んで入れます。当地ではねぎは非常に安く、一週間納豆に入れる程度の量であれば千グアラニ、25円程度です。毎朝納豆一個を椀に入れ、よくかき混ぜ、エンカルナシオンで作っている醤油を少々入れ、近郊の日系農家が作るねぎを加えていただきます、純粋にパラグアイ製ですが全てのものが当地日系で作っているものです。これを始めてから約1ヶ月経過しました。当方の朝食は「納豆」「野菜」「果物」で、以前納豆を食べていなかった時には直ぐに空腹になりましたが、最近は腹持ちも良く胃腸の調子も快調です。当地の日系レストランにもメニューの中に「納豆」があります。当地に来られましたら是非とも「納豆」を試して欲しいものですね。

さて当地では牛肉の食べ過ぎで肉から豆に切り替える人が多くなっています。大豆で作った「人造肉」なる奇怪な商品が並んでいます。我々から見ますと大豆は大豆らしく「納豆」「豆腐」としていただけば良いと思うのですが、食習慣の違いからなかなか難しいようです。友人で何でも食べる、韓国料理の「犬鍋」まで食べたという豪傑が居るので試しに勧めてみましたが、やはり納豆だけは難しいようです。見た目、臭い、べとべとしているので食べる気が起きないのでしょう。小さい時から食べているので何でも無いのですが、知らない人から見ますとよくあのような物を食べている・・と見られているのでしょう。肉の食べ過ぎで成人病の多いパラグアイですが、大量にある大豆の有効利用、食生活の改善には納豆が一番であると思うのですが、実際に普及するとなると難しいのでしょう。
現在の地球は哺乳類全盛の時代と言えると思います。今からおよそ6500万年前に隕石の衝突で大型恐竜が絶滅して以来の天下と言えます。大型恐竜全盛の時代には哺乳類は現在のリスかねずみのようなかんじで小さく息を潜めて生きていました。現在哺乳類は大型化して地球上を覆いつくしているように見えます。海のくじら、象、大型肉食獣など多種多様な動物が活動しています。一方の鳥類ですが、以前は鳥類は爬虫類から進化したものと考えられていましたが、現在は恐竜の生き残りであるというのが定説になっています。恐竜の中に鳥のような種類が居て、6500万年前に大型のものは死滅して鳥類の先祖は生き残ったのでしょう。これ以降哺乳類が多様化したのと同時に鳥類も小型化して多様化し、現在は地球上に様々な形状で生きています。

動物学者でも何でも無いのでよく分かりませんが鳥類の中で地上で生きているダチョウだけは別の系統ではないかと想像しています。実際に見ますと他の鳥とは違う「獣」の雰囲気があります。食べた事はありませんが聞いた話では肉は赤色で味は動物の肉に近いとの事です。よく両生類のかえる、爬虫類の鰐は鶏の味に近いと言われますが、ダチョウは別なので、既に恐竜時代には別系統として存在していたのではないかと想像してしまいます。いわゆる恐竜絶命の時代に現在の多くの鳥の祖先とダチョウの祖先の2系列が生き残ったのではないかと想像するのです。脳の大きさは鳥類は哺乳類と同程度の大きさを持っているそうです、勿論進化に違いがあり、哺乳類のような思考は出来ないとしても道具を使い虫を捕るものまで存在するのも事実です。

現在世界全体に多くの哺乳類が生息していますが、中大型のものは人類が家畜として利用している動物以外は個体数を減らし、絶滅の危機に瀕している種も多くあります。自然に生息している哺乳類の仲間が少なくなり消滅する可能性があるという事はその一員である人類にとってかなり危ない話ではないかと思います。では我々哺乳類の最大のライバルは誰かと言いますと鳥類ではないかと思ってしまいます。大型恐竜全盛の時代には哺乳類は小さくなって生き延びて来ましたが、哺乳類全盛の時代には恐竜は哺乳類に占領された地上を捨てて大空に活路を求め、種類を多様化する事で繁栄を誇っています。哺乳類が猿の系統の一種類だけ要するに我々人類だけが突出して数を増やしており、残りはほとんど居なくなっている現在、自分達がウイルスを仲介する事でこの種を滅ぼし、再度地球上のヘゲモニーを取り返そうと画策しているのではないのか、という妄想を抱いています。鳥インフルエンザで人類を駆逐して鳥類、すなわち恐竜類の天下を取り戻す・・そんな鳥類の思惑があるのではないかと疑うこの頃です。最近になり人類が「鳥類がすなわち恐竜類」である事に気が付いたのは偶然ではないのかも知れませんね。哺乳類全体をある程度コントロール出来る人類、家畜として他の種を自分勝手に利用するだけでは無く、哺乳類全体がバランス良く繁栄出来る環境を保つ責任があると思っています。



失敗国家は破綻国家、崩壊国家とも言い、国家機能を喪失し、内戦や政治の腐敗などによって国民に適切な行政サービスを提供できない国家というのが定義なのだそうです。失敗国家のランキング付けというサイトがあり、その地図を見ますと40近く在る失敗国家は多くはアフリカと中央・西アジアにあります。西半球ではハイチただ一国となっています。行政サービスが出来なくなり、ガス、水道、電気などいわゆるインフラが整備されずに放置され、警察機能が不全となり治安も悪くなるというものです。要するに国家としての呈を為さない状態に陥るというものです。このような失敗国家が最近増えている傾向があります。20世紀前半までのように世界の潮流が帝国主義で自国の論理、権利が最優先という時代であればこのような失敗国家の増加も大した問題ではありませんが、近年では地球上で何か問題が発生すると国際社会が共同で解決するべきであるという傾向が強まっており、失敗国家の増加とその深刻化に対して国際社会がどのような対応をして行くのか、また失敗国家が増えないようにするにはどのような事をして行くべきなのか問われているように感じます。

当然の事ながら貧困層が多く産業が未発達な発展途上国の多くが失敗国家もしくはその予備軍となっています。アフリカ・西アジアに多く在るのは理解出来ます。注目して欲しいのは南北アメリカの中では失敗国家にランクされているのはハイチ一国のみという事です。南米に関しては日本ではネガティブな情報が多く治安が極度に悪く無法地域のような印象を持たれているように思いますが、国家として機能している程度は発展途上国の中では比較的上位に位置している事を示していると思います。このハイチはアメリカ地域では非常に特殊な国家で、アフリカの国のような特徴を持っています。住人はほとんどがアフリカ系の子孫で他の国のような欧州系や混血が少ないという特徴があります。公用語はフランス語ですが、独自のハイチ語なる言語があるそうです。インフラは劣悪で治安も悪く政情は不安定で警察力も不完全その上にハリケーンが数回襲い膨大な被害が出ていた所に首都を大地震が直撃し、現在は大混乱という状況です。ただ、ハイチに関して調べますと人口は激増しており、多くの国民が18歳以下であるという事です。もし本当に貧困であり飢餓に直面していて、内戦があって生きるのも難しいのであれば人口が減るはずですが、ここでは逆に増えています。外国からの援助があり、ある程度食が足りると人口というのは激増してしまうものなのかも知れません。教育があり、それなりの水準があると認められた国家それも非有色人国家でありますと多くの国では難民の受け入れを表明しますが、治安や社会の混乱を懸念してハイチのような場合の経済難民はほとんど受け入れる国は無く貧困者は耐乏生活を余儀無くされますが、衛生状態も悪く衣食住が絶対的に不足する中で到底教育までは手が回らず大人となっても社会に貢献出来る人材には成り得ないと考え受け入れないのでしょう。ソビエト崩壊の際にバルト三国からの難民に対して各国が受け入れを表明したのとは大きな違いがあります。現在多くの国がハイチに支援を行うと表明して続々ハイチ入りしています。面積も小さく場所もカリブの中で周囲に失敗国家が無い、この地域では特殊な国家とも言えますので可能なのでしょう。また米国から非常に近くこの距離であればマイアミまで簡単で行く事が出来、米国が大量の経済難民が自国に押し寄せるを懸念して先手を打って行動しているのでしょう。ハイチの場合には国連等も介入しており、ハリケーンや地震という自然災害で困窮しているので国際社会の協力も受け易く、ある程度、地震以前程度にまでは回復する事でしょうし、一応国家そして正統な政府が存在しているのである程度の時間が経過すればある程度落ち着く事でしょう。

問題は経済の二極化が国際的にも進行して行きますと国家間の貧富の差が広がり経済の悪化で政情が不安定になり、今後失敗国家が増えて行く可能性が大きいという事です。平和基金会は世界177の国家を「失敗国家」「警告」「普通」「安定」の4つに分類し、赤の失敗国家の多くはアフリカ、西アジアにあります。ソマリア、ジンバブエ、スーダンというような国家が上位3位を占めどこも事実上政府が存在していない劣悪な状況となっています。特に最近問題となっているのは堂々第一位にランクされているソマリアです。スエズ運河を通過した船舶が通る場所にあり、海賊行為が横行し安全が脅かされています。政府が存在しない状況ですので改善は期待出来ず国際社会は頭を痛めています。スーダン、ジンバブエ、チャドなど多くのアフリカ失敗国家では混乱がひどくなり経済難民が多く出ていますが、どこも解決の見通しは立っていません。国際社会はこれを放置していますと、更なる混乱が周辺国家にまで広がる事になり、失敗国家が増加してしまう事になるでしょう。資源があるなど関わりを持つと自国に有利に働く国家に対しては救いの手も伸びるでしょうが資源も産業も無いような国に対して国際社会がどのように対応するのか問われているように思います。ある程度状況が混乱し国家としての機能が不全となった国に対しては国際社会が主権を一時的に停止して対応するしかないのかも知れませんね。具体的には以前あったような「国連委任統治」としてしまうのも手かも知れませんが国際的な合意を取り付けるのはかなり難しい事でしょう。失敗国家をどのようにして行くのか待った無しの状況にあるように思います。


スペインというのは中南米に住んでいますと非常に身近に感じる国です。中南米の多くの国は元スペイン領であり、自国の歴史の中で一番輝かしく誇り高い出来事は多くの場合スペインからの独立です。またラテンアメリカの多くの国では国語がスペイン語であり多くの文化もスペイン風で、すぐ隣にある国のような気になります。実際には中南米からは遠く離れた欧州の国家であり、確かに一面では文化は共有していますが当然異なった側面も多く在ります。また歩んだ道のり要するに歴史も全く異なりますし現在置かれている立場も異なります。南米人としてスペインから独立した国でスペイン語で生活する以上は.スペインを訪問し見聞して来る事は必要だと考えますし、日本でも歴史の中で南蛮国として戦国時代にスペインがポルトガルと共に登場し歴史に大きな影響を与え、江戸時代の鎖国政策に関しても元はこの両国がもたらしたカトリックの布教に端を発している訳で日本人としてもスペインを体験する事は有意義であると思います。

イベリア半島は元はローマ帝国の一部であり、現在も色々な形でセゴビアの水道橋のように遺跡としてローマ時代の痕跡が残っています。ローマ帝国はゲルマン民族の侵入を受けて衰退しイベリア半島もゴート人の国家となり西ゴートの一部となります。西ゴートが現在のフランスの地を追われてイベリア半島の国家となり首都をトレドに移し繁栄しましたが、7世紀ごろにイスラムの侵入を受けて半島は北部の一部にカトリックの王国が残りましたがほとんどがイスラム化しました。イスラムの帝国は繁栄し10世紀には首都のコルドバは当時世界最大の都市であったと言われています。その後キリスト教徒の反撃が起き、長い戦いの末に勝利します。当時のイベリア半島の大勢力であったカスティーリャ王国とアラゴン王国の女王と国王が結婚する形でカスティーリャ王国・アラゴン王国連合王国という形になり、これが所謂スペイン王国の始まりでイスラムのグラナダ王国を滅ぼして半島からイスラム勢力を一掃し、同じ頃コロンブスがアメリカ大陸に到着し一気に世界帝国にのし上がり、16世紀中頃から17世紀前半までの約80年間はスペインが繁栄した時期であり、スペイン史上「黄金の世紀(Siglo de Oro)」と呼ばれています。イスラム勢力に対する勝利、連合王国の成立、米大陸への到達がほぼ同時に起き、世界帝国になったという訳です。

その後は衰退に向かい冴えない時代となりフランスの属国のような状態が続きこのような停滞した状況は何とフランコ独裁時代の1970年代まで続きます。スペインの側から見ますとスペインという国家が衰退し、中南米の独立が起きた事が分かります、スペインが衰退し中南米をコントロール出来なくなったのが実情なのでしょう。フランコはファシスト主義で第二次世界大戦の前哨戦と呼ばれたスペイン内戦ではドイツ等の支援を受けて勝利しました。しかしながら第二次世界大戦では中立を維持して戦後も生き残り自身が死去する1975年まで独裁的な政策を維持し経済は回復しましたが国家としては暗く沈滞していました。日本がもし第二次世界大戦を回避して戦前の国体のままあの時代を乗り切ったとしたらどのような状況になったのか知る一つの手掛かりになるようにも思います。その後フランコは王国に戻すと宣言し前の王様の孫を自身の後継者として手塩にかけて教育を行い自分の政治を続けるよう意図していました。フランコの宣言により死後直ぐに王政復古となりましたが王様はフランコの意図とは異なる方針、立憲君主制に移行する事を明確にしてスペインは近代国家として一気に発展を遂げるに至っています。

イスラムの時代が終わって一気にスペイン帝国が世界帝国となり、しかしながら国内の実態は依然としてカスティーリャ王国・アラゴン王国連合王国であった訳です。暗黒の時代から開花し80年間の栄光の時代の後長い長い停滞の時代があったという訳です。要因としては内在する問題、外憂もあったでしょうが、最大の問題は成功体験に80年間浸った事かも知れません。栄光の時代が本来ある姿でありこの不遇の時代は解消され、また栄光の時代が来ると思い過ぎたのではないかと想像します。江戸時代から明治維新で開花し一度は敗戦という挫折を味わいながらもラッキーな面もあり戦後60年間も栄光の時代が続いた日本は一つ間違え、今までの成功パターンにしがみつき、不況で暗い世相は一時的なものであるという考えにこだわり過ぎ新しいチャレンジを行わないでいますとスペインのように長い停滞の時代に入ってしまう恐れがあると心配してしまいます。

またカタルーニャに行き改めてスペインは今でもモザイク国家であると再認識しました。北はメキシコから南はアルゼンチンまであまねくスペイン語が行き届いているラテンアメリカですが、イベリア半島ではスペイン語はカスティリャーノ要するにカスティーリャ語であり、他にもカタルーニャ語を始め多くの言語が併存している、またスペイン人と言っても古くはゴート人のようにゲルマン族が侵入し南部にはイスラムの時代に多くの人がアフリカ大陸からムーア人等が入っています、多分北と南そして東と西では見掛けも相当違うでしょう。中南米には南部のアンダルシアの人が多く移住して来たと言われていますが、長い間イスラム化されていた地域であり、キリスト教の国家になったと言われても馴染めなかった人が多く居て新天地を目指したのでしょう。またバスク人のように全く別系統の言語を話す民族も大きな地域に広がっています。歴史も波瀾万丈ですが現在も色々な問題を内在している事が想像出来ます。現在、カタルーニャ語、バレンシア語、バスク語、アラン語、ポルトガル語と非常に似ているガリシア語が地方公用語になっているほか、アストゥリアス語とアラゴン語もその該当地域の固有言語として認められているという事でスペインの言語は非常に多様になっています。ただしカスティーリャ語が世界公用語となり、中南米を中心に2億人以上話されているという事でカスティーリャ語が公用語として今後も力を増して行く事は間違いないでしょう。

欧州統合、国際化という方向と自主自治という流れの両方が併存している現実の中、金融危機の影響をまともに受けて失業・雇用の問題が深刻化している現実があります。EU加入以降高い経済成長率を達成し、国民の支持を受けて国家運営は比較的順調でしたが、今後不満が高まるとバスクやカタルーニャの自治拡大そして独立運動が高まり社会不安が顕在化して行く可能性もあるかも知れません。世界の先進地域とされている西ヨーロッパの中でも大きな存在だけに今後のスペインがどのような方向に進んで行くのか注目です。


世界の人がどのような状況になっても日本人は落ち着き冷静に行動する事に驚いています。家族を無くし家等の財産を全て失ってもわめいたり騒いだりせずに行動する日本人というのは本当にすばらしいものです。地震が起きて約2週間経過し毎日東京に住む日本の家族が心配でNHKのニュースやインターネットを眺めておりますが東京に住んでいる人と話をしますとマスコミに惑わされる事もなく状況を分析し皆さん非常に落ち着いて行動されているのに逆に驚きます。日本人というのは非常時となった時に真価が発揮される民族なのかも知れませんね。他の国であればパニックになっていたかも知れません。

経済が下降気味で失業等の問題がある時に起きた災害、福島原発そして電力不足という問題をしばらく抱えながら復興に立ち向かわなければならない状況にあるのですが、皆さん淡々としている。国が元の状態まで立ち直るまでには相当の時間はかかるかも知れませんが問題を克服して何年後かには平和な国に戻り何事も無かったように見える事でしょう。大きな災害、戦争などを乗り切って繁栄を勝ち取って来た日本人は我々の世代にとっては今回の災害は大きな事件かも知れませんがこの程度の事は歴史的には何度も起きている事であり、日本民族にとっては大きな困難ではないのかも知れませんね。今回の日本人の冷静沈着な行動は世界で高い評価を勝ち取った事は間違いないと思います。確かに直接的な被害だけでは無く間接的な影響が大きく立ちはだかり経済や産業の落ち込みは大きいかも知れませんが戦後の復興の例のように日本人ならばもしかしたらその後は「V字回復」するのではないかと想像し期待してしまいます。
中学三年生の時には東京に住んでおり都立高校へ進学する事を希望していました。現在と異なりまだ都立高校の人気が非常に高い時代であったのですが、既に凋落の兆しはありました。何でも以前は高校毎に受験するシステムであったのですが、余りに受験戦争が過熱し都立高校間での格差が広がっているのでこれを是正しなければならないという事で「群制度」が導入されていました。高校を学区内で幾つかのグループに分けてその群を受験するという方式でした。当時は杉並区に住んでおり、中野、練馬と共に第三学区とされこの中に4つの群がありました。大体この学区というのが非常にお役所的で、杉並と中野、練馬は確かに隣の区ですが、東京は都心に向かう電車は整備されていますが、環状に行くのは特に郊外では難しく練馬に行くのはバスを乗り継いで行くしか無く銀座に行くよりも大変でした。進学した高校は杉並の外れにあり、武蔵野市や三鷹市に近いのですがここは学区外で直ぐ近くの吉祥寺に住んでいる人は受験出来ない仕組みとなっていました。都県境があるならばまだ納得出来ますが同じ都内で無理に線を引いていたのもおかしな話です。

住んでいた家から一番近い高校は元々男子高で都内でも人気の高校で、ここに行きたいと希望していましたが、群制度で遠く中野区の南部にある元女子高と一緒のグループになっており、この群を受験する事になりました。希望する近くの高校か、希望しない遠くの元女子高かは合格者を上位から男子に関しては5人づつを3人が元男子高、2人は元女子高に機械的に振り分ける方式で決めていました、要するに希望どころか成績は全く関係無く運に拠るという事です。この時は運に恵まれて晴れて希望する方の高校に入学が叶いましたが、同じ中学から外れの元女子高に進学した生徒も勿論居ました。高校生になった後にこの学校に進学した友人に「女子が多くて幸せかい」と少々茶化して尋ねますと、不満そうな表情で「まず遠い、一度新宿まで出て地下鉄で通うしか無い、男子トイレは急造、制服は靴下の色までチェックする、おばさんの教師がヒステリーを起こす・・・」と不愉快そうに答えていました。自転車で10分、自由な校風で制服も無い当方の学校とは大違い、自分の運の良さに安堵しましたが何となく納得出来ない気持ちも残りました。

本来は同じ試験に合格したのですから両校は同レベルのはずですが、実際の大学進学先では大きな差が出ていました、校風が異なり、進学指導の方針が全く異なり、勉強の仕方も違っていたのでしょう、元女子高に進学した仲間は最後まで納得出来ない様子でした。勿論中野区の人や女子生徒の中には反対に中野区の元女子高を志望していたが、杉並の一番外れにある当方の高校に振り分けられてしまったという人も多かった事でしょう。このような事を続けている内に都立高校は急速に人気を失い、慌てて元のシステムに近い方式に変更しましたが、昔日の人気を取り戻す事は無いでしょう。何が問題であったかと言いますと「公平」では無かったからだと思っています、都内の中学生を公平に扱い、成績の良い者から希望が叶うのが当然であり、これを捻じ曲げた事が最大の問題であったと思います。都立高校の低落後、全国的に公立高校の沈下が目立つようになりましたが、私立高校側の強い後押しがあったのかも知れませんね。


現在の日本を悪く例えるならば「パンとサーカスを求める老人ホーム」という事になるのでしょうか。インターネットで検索してみますと既に日本の現状をローマの共和制後期の退廃の時代になぞらえて「パンとサーカス」という本まで出版されているようですが、その本には「非常識が常識の国」という副題まで付いています。本を読んでいないので内容は分かりませんが表題からして確かに日本の今の姿の一面を表していると思います。「パンとサーカス」の由来は戦いに勝利して属領が増えたローマはそこから吸い上げる利益でローマ市民に食事と娯楽を与え、その為に市民は政治には無関心となり働かなくなり、「自分の国は自分達で守る」という原則を忘れて亡国の道を辿ったとされます。日本の現状を見ていますとなるほど、これに似ていると感じる人が多いのでしょう。各方面で日本の競争力が急激に下落している事が各種の数字で明確になり、現在の不況が今までのような周期的な一過性のものでは無く日本がかなり難しい局面に立たされていると危機感を持つ人が次第に増えているようにも見えますが政治は相変わらずの大衆迎合型、「パンとサーカス」を与えて国民の目をそらして問題を先送りにする状況がずっと続いているように見えます。

日本人の平均年齢は2008年のデータで44歳、これに対して韓国36歳、中国34歳、インド25歳です。ただ南米はもっと若くブラジル29歳、パラグアイは22歳で多くの中南米の国では20代もしくは30代前半です。日本では20歳までは選挙権が無いので有権者の平均年齢はゆうに50歳を超えてしまい熟年相手になっています。平均年齢が80歳近い日本ですので、現在60代に突入した団塊の世代はまだ20年近くは大きな存在として残る事でしょうし、その後の世代も割合と多いのでますます老齢化が進んで行く事でしょう。この世代に対して受けの良いバラマキを行っているのが日本の政治であり、要するに日本の現状を例えると「パンとサーカスを求める老人ホーム」という事になるという訳です。

経済の先行きを心配する声に対して以前はよく「福祉や介護、医療の分野が増えるので心配無い」というのんびりした意見を良く耳にしました。資源の無い国土が狭い日本ですので「外から何で稼いで国民を食べされて行くのか」という議論が全く無いので心配していましたが、世界の経済特に物作りの分野で急速に日本抜きが起きている事に最近になって危機感を持った論調が増えて来ているように見えます。アジアにおいても中国、韓国、台湾、アセアン、インドなどはそれぞれ明確に目標を掲げて国家としての戦略を練り、急成長を遂げているのに対して日本は完全に取り残されてしまったように見えます。日本には高い技術があるので問題は無い中小企業が多く裾野が広いという意見もあるようですが、外国との差は急速に縮小しているのではないかと思います。一部の大企業等がこれらの他のアジア諸国の成長に連動して成長していますが、脱日本の方向は同じであり、企業が成長して外国での生産が増えても日本での生産は増えない、日本へのリターンは減る一方という状況が続くように見えます。大卒等の新卒者の就職難で一気に日本経済の停滞が顕在化しましたが、今後もこの状況に変化が無いとなれば非正規社員の割合が増大してますます雇用の問題が深刻化する事になるのでしょう。新卒のみが大企業等に優先的に採用される日本独特の仕組みにより一旦就職した企業を辞めるリスクはより大きくなっているように見え、どんなに辛くても苦しくても不満であっても会社を辞める事が出来ない息苦しい社会になって行くのではないかと心配になるこの頃です。

最近の日本は余り元気が無いので心配になりますが、長年タブーとした事を敢えて破る事を考えてみては如何でしょう社会に刺激を与えて活性化を促進する事が目的で、お金をかけずに直ぐに出来そうな事はやってみても良いと思います。簡単に思い付くのは、

(1)ギャンブルの解禁
(2)夏時間、標準時の変更
(3)ポルノ解禁
(4)デノミの実施

(1)ギャンブルの解禁:ギャンブル特にルーレットなどを解禁してモナコ、ラズベガス、マカオなどと並ぶ観光地を作ろうというもので、米国のネバダ州のようにある地域を限定して営業を許可するものです。例えば成田空港周辺などを特区にしては如何でしょうか?羽田が国際便を拡大する事になり、成田の利用が減少すると心配している人も多いようですが、成田空港周辺を特区に指定し、ラスベガス化を狙えば近隣諸国からの旅行客も増大し活性化すると思います。成田付近には余り客が入っていない大型のホテルが多いのでこれを改造して日本風ラスベガスにして全国そして世界から客を呼び込むという作戦です。

(2)夏時間、標準時の変更:夏時間に関しては多くの日本人は起きた時には明るくなければならないという変な先入観を持っているようですが、日没後に長い時間活動するのであれば日の出前に活動を始め出勤時に暗くても何の支障も無いはずです。正直外国で生活しますと日本人の生活をもっと朝型にした方が良いと思ってしまいます。夏には東日本では2時間くらい前倒しした方が良いと思う程です。明るい時間の活用が進めば新しい発想のビジネスも増える、余暇の活用が進む、省エネにもなると効果は大きいと思います。北海道など東の地域は西の明石時間を止めて常に一時間早めた時間を使用するようにしたら本土との違いが出て良いと思うのです。日本は本来「朝日の国、旭日の国」です、皆が早起きし毎日朝日を拝んで生活をするようにすれば気持ちも前向きに変わるのではないかと思います。

(3)ポルノ解禁:ポルノは先進国で変に禁止をしているのは日本だけですが、インターネットを通じて実質的は解禁になっているので追認するだけですが、ノーカットのものを公に販売出来るようにするだけでも経済効果はあると思いますし、裏で売られ闇の世界に流れている資金をカットする事も出来ると思いますし、そのような金の流れを表に出す事で多少とも税収に繋がる事でしょう。

(4)デノミの実施:デノミはよく言われている100分の1では無く一気に1000分の1デノミを実施してみては如何でしょう。約1円が10ドルとなり、円の価値が上がり国際的にも目立つ事が出来ます。20万円の給料が200円となり、見た目もすっきりします。戦前には給料が10円などいう事もあったと聞きますので決して不自然な数字では無いと思います。いっそのこと1万分の1デノミを実施してみては如何でしょう。明治時代との貨幣価値の比較をしているあるサイトでは明治30年頃の1円は今の2万円に相当するとあり、1万分の1にしても良いと思います。そうなりますと百円が1銭となり、厘を使わない事にしてそれ以下を切り捨てにすればインフレが生じデフレも収束する事でしょう。

どの案も当然の事ですが色々な反対、反発があるとは思いますが、ほとんどお金をかけずに出来る事ですね、今の日本の現状を見ていますと何か相当に思い切った事をしないと現状を変えられないのではないでしょうか?






長い間、日本の物作りは世界一と考える人が多かったと思いますし、確かにその通りであったと思います。例えば家庭用ビデオ録画の企画を決める際にはソニーなどのベータと松下などのVHS陣営に分かれて激しく争いましたが勿論両方とも日本の企業であり、日本の中での争いでした。当時世界で売られていたヴィデオ機、テレビなどはその多くが日本製で、その後の自動車と併せて世界で日本製が溢れ、日本が世界一の経済大国であると自負していました。高度成長期の時代には勉強が出来る子供は理工学部に進学するのが当たり前とまで考えられていました。有名大学の工学部に進学する事が秀才の証であるとされ、親も周囲も将来が約束されていると考えられていました。

時代は変わりかなり以前から工学部は不人気傾向にありましたが、ここに来て一段と人気が下落しています。高度成長期に工学部出身者は優遇されたのかも知れませんが、工学部出身者は社会で余り良い待遇を得られなかった事が最大の原因のように思います。高校生が大学を選択する時に「この学問をやってみよう」というよりも「ここの大学のこの学部は就職に有利だ」というのが一般的であると思います。ところが工学部を出ていざ就職を目指す時に同じ大学で遊んで過ごしていた経済学部の学生の方が世間的には良い会社に簡単に就職する現実がありました。会社に入ってもブルーカラー扱いで多くは作業着で泥だらけ、油みれになる余り良い職場環境とは言えない状況で多くは都市から離れた工場や現場で働く事となり拘束時間は長い上、工期、納期、コストなどに多くのノルマを課せられての仕事となります。出世は文系特に経営企画部とか社長室、人事部などの文系ホワイトカラーの人が有利という状況です。日進月歩の技術革新に付いて行かなければならず、幾ら勉強して特殊な技術をマスターしても技術ごと不要になれば無用な人材になってしまいます。例えば歯車の技術者、土木設計技師(土木工事が減り、コンピュータの導入で内容が劇的に変化)などは一度職を失いますと次はなかなか難しいのが現実です。工学部出身の文系就職が増えていますが、これは当然の流れてあると思いますが、本来日本の産業を支えるべき人材が流出しているとも言えます。

工学部の方でも何とか人気の回復を目指し名前を変えて中身を曖昧なものとしてでも学生を集めようとします。当方が学生の時代でもそれ以前は「鉱山工学」「冶金工学」と呼んでいたものを「資源工学」「金属工学」と名称を変更していましたが、これは産業構造が変化しまた技術革新が行われて内容のある名称の変更であったと理解します。しかしながら学生をとにかく集める為に不人気な名称は避け聞こえの良い名前に変更し内容が見え難くなっているように思います。文科系で増加した「国際~学部」と同類のものです。例えば多くの大学で「土木工学」という名称はほとんど無くなり「社会基盤工学」などに呼び名を変えていますが、これでは目指す技術者の内容が不明確になるだけのように思います。これに推薦、AO入試が増え、高校の授業はゆとり教育+単位制となっており、大学時代までもまれずに来る生徒の中で比較的優秀では無い学生が工学部に進学しているのでしょう。数十年前の大学での物理学、化学、数学は難しいものでした。科学技術の進歩でより高度なものが求められている中で基礎が出来ていない学生が大量に進学しているのでしょうから大学の現場は大変だと思います、急激な学生の学力レベルの低下、以前工業高校、そして工業高専で起きたのと同じような問題が起きている事でしょう。

今でも「日本には優秀な技術者多く、世界に誇れる他に追随を許さない高い技術がある」とマスコミなどでは語られています、確かに以前は多くの部品を用意し複雑な設計図通りに間違い無く組み立てる事が物作りの基本とされていましたが、現在は部品が電子部品となり多くがユニット化され物作りの現場は様変わりしています。より安く品質の良い部品を調達して組み立てるかが現在の製造であり、中には自分で工場を持たないメーカーまで現れています。このような潮流に産業界は遅れを取り、更に工学部の教育は遅れているのであれば学生が以前より集まらないのは当然なのかも知れませんね。




日本は昨年まで40年続いたGDP世界第二位の地位を今年滑り落ちる事、成長著しい中国が今年も経済は好調でまず間違い無く日本を抜き去ることは確実視されています。戦後復興し高度経済成長を遂げた1969年に世界第二位の経済大国となり、以来日米欧の3極の一翼を担って来ました。大雑把に言ってこの3極は北米25、欧州15、日本10で世界の約半分を占めていました。明治維新の時には欧州列強は遥か高い雲の上にあるような目標でしたが半世紀近く経済の面では欧州の一国ではなく、全体と互角に渡り合って来たのは考えてみれば奇跡のような話で、当時の駐在員が自信満々で世界を闊歩していたのも当然かも知れません。世界第二位、相撲に例えるならば米国が東の横綱で日本が西の横綱でした。このような栄光の時代が40年も続き日本そして日本人はそれが当たり前のように思うようになっているように見えます。現在60歳の団塊の世代であっても社会に加わった時期には既にその地位にあった訳で日本で現在働いているほとんどの人にとって「日本は世界第二位の経済大国」が当然と考えているように見えます。冷戦が終わって以降も米国が日本を守らなくてはならないと考えていたのも日本が経済的には大きな存在であったからだと思います。

三位に転落した後にも人口が多い新興国の追い上げを受ける事になり次第に地位が落ちて行くと予想されています。あるサイトで2050年の予測が出ていましたが日本はインド、ブラジル、インドネシアなどに抜かれて8位というものでした。日本の対応次第に依っては時期が早まる危険すらあると思っています。アジアの盟主、新横綱の中国は現在世界にネットワークを張り巡らせ多くの人を送り込み着々と地位を固めています。米国も話し相手は日本から中国に変更し中国の意向を見ながら外交を進め世界経済を束ねて行く事でしょう。インド、ブラジルなどが力を付けて行きますと世界が「日本抜き」で進行して行くような時代が来るのかも知れません。ある人が「日本のギリシア化」という話をしていました。どうよう事なのか尋ねますと「誰でもギリシアは知っている、ただそれは過去の国としてであり、現在の状況に関してはほとんど知らないし関心も無い。日本もかつては経済大国として大きな存在であったという過去の国になってしまう恐れがある」というものでした。確かにこのような「日本のギリシア化」はあると思っています。既に世界の工場は中国等に移っており日本は既に世界の工場というものでは無くなっており日本抜きでも世界は十分に動いて行ける状況となっています。

横綱の地位からの転落は日本が世界の中で普通の国になる第一歩と言えます。世界の中で自国を特別な存在であるように考え高い生活水準が維持出来ると考えていると大変な事になるかも知れません。上昇している時、右肩上がりの時に生きるのは簡単ですが、下降局面にある時には相当な努力と備えが必要であると思います、維持して行くだけでも相当な努力と作戦戦略が必要になると思っています。世界に向けて何か主張を発信しても世界の受け止め方、扱い方が変化するのは間違い無いでしょう。外国に対してはお友達のように愛を持って対すれば応えてくれると考えていると相手はそのようには思っていないと片思いに終わり大きな不利益を被る可能性が大きいと危惧しています。普通の国として生きて行くには一種のしたたかさが必要であるように思いますが、この点が日本が一番苦手なのではないかと心配しています。相対的な地位が落ちて行くのを漫然と眺めていて仕方が無い等と考えていると加速して取り返しのつかない事になるかも知れません。社会をチャレンジ精神に富んだものにする必要があると思います。前向きにピンチをチャンスと捉えて挑戦をする人が若い世代から多く出て来ないと反攻は難しいかも知れませんね。





今の日本を象徴する言葉が「草食系男子」であるように思います。伝統的な男らしさとは対極にあり真面目で静かで優しくおとなしい最近多くなっている男性の事のようです。男性的と言いますと従来ですと荒々しさやたくましさ汗まみれで戦うというようなイメージですがそれような今までの男性とは全く異なる印象があります。女子ともお友達関係が良いようでそれ以上の関係にはなかなかならないようです。確かに最近の男子、特に高校生・中学生くらいの男子を見ていますと昔と比較して身だしなみが良く、こざっぱりとはしていますが、何となく小さくまとまっているような印象があります、元気なのは女子ばかりというのが実情なのでしょう。

悪がき、ガキ大将のような存在は少なくなってしまったのでしょう。小さい時に近所の空き地に子供達が集まって遊んだ記憶があり、時には取っ組み合いの喧嘩をした覚えがありますが、現代の日本にはそのような大勢の子どもが自由に遊ぶような光景は無く、子供達は個々それぞれの家庭で育っているのでしょう。その家庭の中ですが子供は少なく兄弟が居ても一人、ひとりっ子も多いと思います。一般的な場合を考えますとお父さんは仕事に忙しくてほとんど教育には無関心というか時間が無いのでお母さんに全てお任せという状況になるのでしょう。女性達は子供をどのように育てるのかと考えますと彼女らの目指すのはいわゆる「良い子」だと思います。電車などで眺めていますとお母さんが子供に対して注意する一番の言葉は「静かにしなさい」です。特に騒がしくしている訳でもいたずらをしている訳でも無いのですが、子供にじっと静かに大人しく座っている事を要求します、これは多分家庭の中でも同じなのでしょう。女の子に対しては同性なので理解出来る部分も多く成長するに従い友人のような関係にもなるでしょうが、男の子に対しては成績の良い、真面目で優しい人になるよう求める事でしょう。教育に関してもとにかく成績重視で中身よりも偏差値、より有名なブランド大学への進学を望む事でしょう。男性にはある程度の野性味が必要だと思うのですが、小さい時から母の仕込みで荒々しさは抑え込まれて良い子にされてしまうのでしょう。子供が成長する際、特に男の子にとって父親の存在は大きいと思うのですが、日本においては子育てはほとんど母親に委ねられているのが実情でその結果がこの草食系男子の増加だと思うのです。遊び方にも変化があり、クラブ活動やクラブで管理された中でのスポーツはあるでしょうが、子供同士で体をぶつけ合いながらの遊びというのは無いでしょう。「オトメン」などいうマンガが人気でドラマにもなっていますが、実際にも裁縫や料理が得意でファッションなどに興味がある優しい男子が増えているのかも知れません。

また学校特に義務教育の小中学校では教師の多くは女性であり、運動会の徒競争で順番を付けるのは良くないので皆でお手々を繋いでゴールイン、危険なので騎馬戦とか棒倒しは止めましょうという事になり、ここでも大人しい良い子作りを目指しています。その結果が草食系男子であり、最近では男子学生の間ではスカート男子が登場し女装がブームなのだそうで、この傾向は続くような気がします。将来の日本はこのような草食系男子に託すのでは無く、たくましい肉食系女子に託すしか無いのかも知れませんね。






ワールド・ベースボール・クラッシックが開催され日本が二連覇を達成しました。何故日本が連覇出来たのか、そして韓国が強かったのか不思議に思う方も多いと思います。誰もがこのような大会を開催した場合には実力的には同じ条件で戦えば多くの大リーガーを有する米国が圧勝すると想像するはずです。第一回大会の前には米国が圧倒的に勝利するだろうとの予想が多く、大会を開催する狙いは大リーグの世界制覇にあるとさえ見られていました。実際にはほとんど大リーガーを有しない日本と全く居ないキューバとの決勝戦となり日本が勝ち米国の面目は丸つぶれとなりました。準備不足だ、選手の所属するチームの横やりが多かった、選手自体のエゴも多かったなど色々と言われていますが、決勝までも行けず敗退してしまい、「これからどう立て直し次回に臨むのか」という意見が結構出ていました。しかしながら今回はコールド負けで惨敗する場面もあり、何とか準決勝まで駒を進めましたが日本に完敗しました。試合前の雰囲気から日本の方が勝ちそうで余裕さえ感じられました。昔の日本からみますと考えられない事です。以前日本にはシーズンが終わると毎年米国の大リーグのチームが観光を兼ねて親善試合を行う為に日本に来ていました。各地で試合を行いましたが、両者の実力の差は歴然たるものがあり、日本野球のレベルの低さを思ったものです。その後王と長嶋の全盛時代に巨人が連覇をしていましたが、その秘訣というのがドジャーズ戦法の導入というでした。9連覇という偉業を達成出来たのは当時の米国の最新の組織野球を逸早く取り入れた事にあるという訳です。


それでは今大会での日韓の活躍、そして米国代表など米州の野球の不振はどこに理由があったのでしょう。それはこの大会に対する各国民の意識、その位置付けにあったように思います。日本と韓国は元々世界の中でもオリンピックが大好きでナショナルチームの活躍に一喜一憂していましたが、このような大会への意識の一番の転機はサッカーワールドカップの開催にあったように思います。両国の共同開催を通じて世界の強豪チームが集まりナショナルチーム同士の戦いが繰り広げられた事でそれまでのオリンピック中心のスポーツ観であったのがプロまで含めた最高レベルでの国の名誉を掛けた真剣勝負の面白さを知ってしまいました。この体験が両国民に浸透している所に3年前にワールドベースボールクラッシクが始まり両国の人達はこの新しい大会はワールドカップの野球版と理解したのです。サッカーのワールドカップに全く興味の無い自国で開催されるプロスポーツのみに関心を持っている米国民は勿論、カリブの人達もほとんどサッカーのワールドカップを真剣に楽しんだ経験が無いのでこの野球の世界大会が行われても位置付けがよく理解出来ない状況にあるのだと思います。オランダが大方の予想を覆して決勝トーナメントに進みましたが、オランダはサッカーワールドカップの常連国ですので日韓の人達と同じ考えでこの大会に臨みその結果が決勝トーナメントへの進出であったと思います。またサッカーに関して日本がワールドカップに連続して出場出来るようになったのはワールドカップという大会の価値と意義を国民がしっかりと理解出来るようになったからであると思っています。


日本チームの野手を眺めてみますと大リーグ所属と日本のプロ野球所属の選手が半々です。中軸は日本のプロ野球に所属している選手が主体で大リーグの選手は脇を固めているという感じでした。要するに混成チームの中で同じようなレベルである事が分かりました。韓国の選手はほとんど全員が韓国のリーグに所属している選手です。今回の大会を通じて決して大リーグが突出した存在では無い事がばれてしまいました。ワールドシリーズを自称して自国リーグの優勝チームを世界チャンピオンとして来た大リーグで今までは実力の差は歴然としていると考えられrて大きなクレームの声にはなってはいませんでしたがこれからは野球の世界化そしてナショナルチームの対戦が増えて来ると想像します。また、米国やカリブで行われるているベースボールと日韓などアジアでやっている野球とは同じルールの別のスポーツであるという意見を聞いた事があります。力強さだけでは無く緻密さとスピードを重視するアジアの野球がベースボールを変えて行くのかも知れませんね。米国は2回とも決勝にさえ出る事が出来ず面目丸潰れです。サッカーのワールドカップが始まった時にイングランドやスコットランド等の英国のチームは参加しませんでした。英国のチームと他の国のチームではレベルが違い過ぎるので相手にするの馬鹿馬鹿しい、当然英国で一番強いチームが世界一だと思っていたからです。その後ようやく世界の新しい潮流に気が付き参加するようになりましたが、思う程は勝つ事が出来ずサッカーのお家元であるイングランドが優勝したのはたったの一回だけです。米国が勝利に向けて選手を選び練習をして仕上げてくれば多分ダントツに強いチームになると思います。第三回大会で米国が本気で勝ちに来るのか注目しています。




欧州と言いますとドイツ、フランスが中心にあり、その直ぐ横には大英帝国があり、この辺りが中心という印象があります。その中でイタリアは勿論主要国の一つですが、少し中央からは外れているというイメージがあるように思います。人口もドイツよりは少ないですが、フランス、英国とは同程度、欧州共同体には最初の6ヶ国時代からのメンバーです。ラテン的で仕事をしないで、浮気ばかりしているノー天気な男性というのが一般的に考えられる男性像です。ミラノのファッション、フィアットなどの自動車産業は世界的ですが、過去の遺跡が多い観光立国という印象が強いのが正直なところです。一番行きたい国と問われる時に多くの人は「イタリア」と答えるでしょうが、それはローマ時代そしてルネッサンス時代の遺跡や美術品が目当てであると思います。

よく歴史を見ますとイタリアは常に欧州史の中心にあり、多数の有名人を輩出しています。シーザー等のローマ帝国の英雄達は勿論、アルキメデス、マルコポーロ、コロンブスも現在のイタリア出身となります。アルキメデスはギリシア時代の偉大な数学者ですが、シチリア島の人です。ギリシア時代にシチリア島はギリシアの中で大きな地位を占めていて、当時勃興していたカルタゴにも近く重要な地位を占めていました。現在とは異なりシチリア島はギリシア、ローマ時代に地中海が大きなウェートを占めていて、欧州世界の中央に在ったのでしょう。ローマ帝国が分裂し、西ローマ帝国が滅びた後は欧州史の舞台の中心は地中海世界から欧州内陸部、現在のドイツ、フランスとなる神聖ローマやフランク王国に移ってしまうように見えますが、実際には長い期間イタリア南部を中心とする地中海世界は繁栄しており、日本では鎌倉時代の始まる頃にはシチリア島にはノルマンディー人の王国がありました。現在のフランス・ブルターニュ地方は土地が狭く多くの人が傭兵として南イタリアを目指し、その仲で頭角を現した人がシチリア王国を立てたというのです。首都は栄華を極めていたそうです。中世から近代にかけてはフィレンツェ、ウェネチア、ジェノバ等の都市国家がが繁栄を極め、文字通り世界の中心にありました。

では何故現在は後塵を拝しているのでしょう、これは国家統一が遅れ、ようやく19世紀も後半、日本が幕末の騒乱の時代になり、それも離島のサルジニアによる統一という形で実現しました。既に世界帝国となっていた英仏等と対抗する為、バラバラな国家を一気に統一国家へと進める為にファシスト党の独裁となり、先行して利権を確保した国々と遅れて利権を持てなかった国との間で起きた第二次世界大戦に負けた為でしょう。現在も「イタリア人」というよりは「ミラノ人」「ローマ人」「ナポリ人」であり、北部は南部と同じ国であるという意識は余り無い、国家としてなおも精神的には統一していない事に原因があるのでしょう。戦後も常に政治は不安定であり、何となくまとまりを欠いています。

実際に訪問しますと確かにラテンの国で南米からですと風景、雰囲気には全く違和感がありません。ローマを歩いているとまるでブエノスアイレスを歩いている感じです。ただ似ている中にも南米との違いを二つほど感じました。一つは南米のラテン文化は外から来たものであり、固有のものでは無く、現在見えるもの以前にはその前の文化というものは無いのに対して現在のイタリアにある文化は全てゼロからこの地で築き上げたものであるという点です。同じものでも外来と固有では相当の違いがあると思います。南米では北米式、アジア式など様々な文化が流入していますが、ラテン文化も外来ですので受け入れに抵抗がありません。これに対してイタリアは自国の文化ですので外来文化に対してはかなり抵抗感があるように見えます。ただ反面、古い文化に埋もれて生きているのでこれが足手まといになっているようにも見えます。若い世代には息苦しいのではないかと推測します。イタリアから新世界に多くの移民が旅立ちましたが、この社会の硬直性を嫌ったのが大きな要因ではないかと思います。そしてもう一つは現在イタリアは先進国の中にあり、欧州連合の一員であるという事です。何事のんびりと構える南米人とは異なり、イタリア人は先進国の人です。アルゼンチンやパラグアイでは太っている人が多いのですが、イタリアは皆さんスリムです。普段食べるものの質素で働き者という印象を持ちました。ドイツ、スイス、フランス等と国境を接し、常に競争を強いられているのでしょう。何となく余裕が無く、南米で抱いているラテン世界とはかなり異なっていました。

さて、今後はどのようにイタリアは進んで行くのでしょうか?統一から150年が経過し、ようやく統一国家としての意識が出来た時期なのかも知れません。欧州連合の中でバラバラとなり埋没する可能性もあるかも知れません、ミラノ、ジェノバ、トリノ等の北部主要都市の人は目は北に向き、商売の相手は自国の南部よりは独仏が相手でしょう。南部イタリアは紀元前から10世紀頃までは常に歴史の表舞台にあった地域です。その栄光は陰を潜め、現在では西ヨーロッパの中では最も遅れた地域となっています。ここをどのように活性化するのか、特にナポリ以南、シチリア、サルジニア地方の活性化がイタリア底上げの鍵となるでしょう。北アフリカがアラブの地となり、欧州の人にとり異教徒の土地となって以来、この地域が辺境の地となっていますが、欧州が歴史的には近い関係の北アフリカを取り込んで活性化出来るか注目しています。





2年一度の全米日系人大会がサンパウロで開催される事になり、多くの人がパラグアイからも参加されました。全体で約40人の参加者の内、半数が一緒に行く事になりました。開催前日の夜にホテルに入るスケジュールで午後の5時半に飛行機が出るというものでした。最近南米でも欧米のような格安の航空会社が力を付けて来ており、今回利用したのはブラジルで急成長しているゴール便でした。IATAに加盟していないということで他の便からの乗り継ぎも難しく、通常の航空券も無くマイレージも無く、畿内サービスも最小限という会社です。アスンシオン市内には事務所は無く空港の事務所のみで営業、旅行会社での販売はほとんど無くインターネットでの販売が主力というものです。確かに無駄を省いて値段を下げるのは良い事で人気の秘訣のようです。ただ安いのは良いのですが、この便は朝サンパウロを発ち、クリチバ、アスンシオンに寄ってブエノスアイレスまでの便で帰りも同じコースを取るというものです。その為に遅れが目立ち大体1時間は遅れるのが普通のようです。本来であれば4時半発なのですが、一時間遅れて午後5時半、夕暮れの中クリチバに向かって飛行機は飛び立ちました。

飛行機の中はブエノスアイレスから来た乗客で溢れており、チケットに記載されている場所にはシート番号をダブル発行したようで、既に他の客が座っていました。しばらく待たされた後にかなり後ろの通路側でも窓側でも無い窮屈な中央の席に他のメンバーから一人離れて座りました。飛行機が飛び立って間も無く少々眠くなりウトウトとしていましたが、急に目が覚め、「この飛行機は落ちる」という強い恐怖感が湧いて来ました。「自分は何でこんな落ちる飛行機に乗ったのだろう」という後悔の気持ちが溢れ、アスンシオンでの日常の生活が楽しく思い出されて来ました。遠くから「こっちへ来い」と呼ばれている、そんな感じもありました。寒い冬ですが冷や汗をかいていたと思います。アスンシオンからクリチバまでの飛行時間は1時間10分ですが、非常に長く感じ、時計を持っていませんでしたので、何でこんなに時間がかかるのか何時までも着かないのか何か異常な事態が起きているのではないかと不安で一杯になっていました。今振り返りますと実際には完全に起きていたので無くウトウトしながら、夢うつつの状態にあったのだと思います。隣の人に時間を尋ねると予定通りで出発してから1時間が経過しただけでした。飛行機がクリチバ空港に近くなると外は雨が降っていました。低い雲が立ち込める中に飛行機は着陸をしましたが、今まで経験した事がないほど下手な着陸で「ドスン」と落ちるように着陸しました。目が完全に覚め、無事に着陸した事に安堵しそして何であのような気持ちになっていたのか非常に不思議に思っていました。

アナウンスがあり、「サンパウロのガルーリョス国際空港、コンゴーニャス国内専用空港共に乗客で溢れており、この飛行機はしばらくここで待ちます」との事でした。基本的には機内サービスの無いゴール航空ですが、「腹が減った」と文句を言いますと水と美味しく無いサンドイッチが出て来ました。3時間ここで待たされた後約50分のフライトでサンパウロに向かいました。今度はしっかりと起きていた事もあり、先ほどのような感覚には全くなりませんでした。そしてサンパウロ国際空港に到着しますと何となく様子が変でした。迎えの人に尋ねるとコンゴーニャス国内専用空港で飛行機が着陸に失敗し200人が犠牲になった事を知らされました。起きた時間はブラジル時間6時50分、パラグアイの時間では午後5時50分、我々の飛行機がアスンシオンを出て15分くらいの時間、恐怖の気持ちで一杯になった時です。それを聞いて「ああ、あの感覚はこのことだったのか」と妙に納得してしまいました。自分の乗っている飛行機が落ちるのでは無く、航空事故に遭遇した人達の無念の思いが飛んでいる飛行機に居た自分に伝わったのかと思ったのです。超自然な感覚ですが、今でもやはり亡くなられた方々の怨念であったと思っています。人間の意志、自我というものは物理的な人間の肉体の中に宿してはいますが、実際にはどのように存在しているかは解明出来ていません、ある意味物理学では説明の出来ない超自然なものであり、このように無念の最後を遂げた他人の自我が伝わっても不思議が無いのかも知れません。またクリチバ空港の際に非常に下手であったのはクルーが情報を知っていたからだと思います。とにかく無事に帰って来て現在このような体験談を書ける事は幸せであった思っています。




成功体験をインターネットで調べますと大体が良い例で出て来ます。出来るだけ成功体験を積み重ねましょう、というような感じです。成功体験を何回か経ますと多分自信が付き何か試練に直面しても突破する力になるのでしょう。ただ成功体験が仇にあるケースも多いように見えます。上手く行くと次も同じように上手く行くと考え、慢心に繋がり油断する事も多いと思います。

当地パラグアイに来る前にブラジルに居ましたが、皆さん「不景気だ」と言うのです。毎年「不景気」で今でもブラジルの人は不景気と言います。20年近くも不景気が続いている事になります。多少おかしいと思い、「何時景気が良かったのですか?」と尋ねますと「60年代」と答えるのです。治安も良くサンパウロは好景気に湧きブラジルは輝いていたと言うのです。確かにこの時代はブラジルを「未来の大国」と呼んで持て囃し、日本からもブラジルの政府機関と組んで大型のプロジェクトに次々と投資が行なわれ、空前の好景気であったようです。この時の成功体験があるので、皆さん口々に不景気であると言う訳です。パラグアイに来ても同じような現象があります。皆さん「不景気だ」というのです。「何時が景気が良かったのですか?」と尋ねますと「イタイプダム建設の時」と答えるのです。イタイプダムは世界一の水力発電ダムでブラジルの電力不足を補う為にパラグアイとの国境に建設されたもので、国境に在るので権利は半分半分という事でパラグアイ側が非常に潤いました。この時の成功体験が忘れられないのでしょう。現在南米の経済状態は概ね良好だと見ていますが、「あの時」と比較すると不景気なのでしょう。

日本の歴史を見ていて第二次世界大戦において何故あれほど精神主義に走り無謀な突撃を行なったのだろうと不思議に思っていました。これは何と西南戦争の成功体験に由来するというのです。鹿児島の武士軍団に対応する為に新政府は近代装備の新しい軍団を形成し攻めますが、勇猛果敢な鹿児島武士に恐れをなしてなかなか効果が上がらなかったそうです。そこで元会津藩士などの武士で抜刀隊を作り突撃して敵に勝ったそうです。ここから精神主義の抜刀精神が生まれたという事で一種の成功体験がその後の歴史の流れを作ったと言えます。近代的な合理的な軍事理論よりも抜刀突撃が効果があるという事になったようです。第二次世界大戦の完敗により、ようやくこの呪縛から解き放たれたと言えますが、戦後になっても企業によってはまだまだこの抜刀突撃主義が続いていたように思います。もしあの時、近代兵器で武装した多くが元農民からなる軍隊が勝利を収めていたならばその後の歴史はかなり異なったものとなったでしょう。

米国は何ゆえにあれほど世界で戦い自身が信じる民主主義を押し付けているのか不思議になる事があります。かつてはモンロー主義で米州以外のいざこざには関与しないとしていた方針が一転して世界に高貴なる民主主義を流布する義務があるという事になったのでしょう?一番のきっかけは日本占領にあると思っています。第二次世界大戦前には日本は米国にとって得たいの知れない恐るべき国家、精神主義で突撃して来る国と見てたはずです。日本占領で米国は民主主義の自国にとって尾っぽを振り続ける国に変える事が出来ました。この成功体験があるので、特にアジアにおいては同じ事を再現出来ると思ったのでしょう。朝鮮戦争では南半分は米国型の国家にする事が出来、半分だけ成功しました。ベトナム戦争では負けて敗退する結果となりました。これは時代と運が悪かっただけと考え、再度イラクで挑戦しています。日本での成功体験から自分達が抑えきれると考えているのでしょう。当然の事ですが、60年前の日本と現代のイラクとでは歴史も置かれている立場も住んでいる人も全く異なります。ベトナムは敗退して居なくなれば問題は解決し、その後はベトナム自身が努力して国家を発展させましたが、イラクの場合には今ここで退いたらたちまち大混乱となり、戦禍が周辺地域に飛び火して西アジア全体が騒然となり、世界に大きな影響を与える事になるでしょう。退くに退けない泥沼状態に陥ってしまったように見えます。成功体験があるのでイラクに深入りしてしまった米国、身動きが取れない現在の状況をどう打開して行くのか注目です。




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